第一幕:出会い

 朝の八時。すでに太陽は高く昇り、窓から見える外のアスファルトには今にも陽炎が立ち昇りそうな程だ。
 俺は窓を閉めて、ブラインドを落とす。暗くなった監視室は日向よりはましだが、あと二三時間もしない間にここも蒸し風呂へと変貌するだろう。
 そう言えば嫁に初めて出会った日も、確かこんな風に暑い日の事だったんだよな。
 その日の事を思い返しつつ、俺は仕事の準備の続きを始めた。
 机の上に並んだ無数のディスプレイに、端から順に電源を入れていく。
 画面に映り始める様々な場面。お寺から始まって、大正時代の路地裏、西洋のお城もあれば、果てはピラミッドや洞窟まで。
 時間が早いので、どの場所にもまだスタッフは居なかった。
 節操の無しの和洋折衷もいいところで、お化け屋敷としては明らかに場面の欲張り過ぎだったが、意外にも客には受けが良かった。……もっとも受けがいいのは怖さとは別の理由なのかもしれないが。
 ともかく、セット、カメラ共に準備は完了、と。
「楽しそうに笑ってますが、何かおかしいことでもありましたか」
 隣の席から声がかかった。一緒に準備をしていた若いスタッフだ。年季は浅いが、実力は確かだ。ひょっとすると俺以上にこの屋敷内を知り尽くしているかもしれない。
 俺は笑みを堪えながら返事をした。
「いや、ちょっと昔の事を思い出してしまったんだよ。そうだなぁ、開館まではまだ時間があるし、ちょっと昔話でもしようか」
「まぁ確かに、役者もまだそろってませんからね。でも手短にお願いしますよ」
 見事に釘を刺されてしまった。真面目なのはいいが、無駄話するにも抵抗があるようでは少し硬すぎる。
 仕事熱心なのはいいが、そろそろ少しくらい手を抜くのを学んでもいい頃合いか。
「あれは今から、もう十年以上前になるか、まだ魔物の姿も少ないころの話だ。その日も俺はこんな風に監視室で仕事をしていてな……」


 ※※※


 真っ暗な部屋で、俺は無数のディスプレイと睨めっこしていた。
 画面に映るのは病院の一室や廊下、病院裏手の墓場や井戸等々。そのそこかしこで血まみれの手術着を着た男が若いカップルに襲い掛かったり、片目の潰れた女幽霊が井戸から這い出して親子連れを追い回したりしていた。
 夏休みの時期というものはどこであっても書き入れ時で、それは普段だったら閑古鳥が鳴いているような地方都市の遊園地であっても同じことだった。
 うちのお化け屋敷は基本弱冷房だ。客が涼しくなるのは怖がるからであって、監視室の中はじっとりと蒸し暑い。うちわを扇ぎながら、俺はマイクのボタンを押す。
「お岩さん。そろそろ次のお客が近づいていますんで、戻ってくださーい」
 画面上で着物の女性が片手を上げて井戸へと帰っていった。
 今日も今日とて俺は無数のカメラからお化け屋敷の中を監視する。本当は監視員ではなくお化け屋敷プロデューサーなのだが、経営の怪しい遊園地に特別な施設を用意するほどの予算は無く、企画などはほとんどした事も無かった。
 いつかは自分の企画したお化け屋敷をと夢見ているが、それもいつになる事やら……。現実はいつだって厳しい。
 名ばかりプロデューサーである俺の仕事は、経営側と役者側との折衝役や、あとはもろもろの雑務だ。要するに体のいい何でも屋みたいなものだった
 こうやってカメラの映像から館内で異常が無いか見守るのも仕事の一つ。
 恐怖で動けなくなってしまった女性や、迷子になってしまった子供を見つけては、驚かせ役では無いスタッフに伝えて助けに行ってもらう。
 重要な仕事ではあるのだが、だからと言って画面を見ていても面白いわけでも無い。仕掛けの分かっている手品を見ても誰も驚かないのと同じだ。
 怖がるお客の姿を見るのも最初は面白かったが、人間何事もずっと続くと飽きてしまうものらしい。
 だからと言って仕事が嫌いなわけでは無い。お化け役の奴らはみんな面白くて気のいい連中だし、飽きていると言っても、お客が悲鳴を上げながらも楽しんでいる姿を見るのは素直に嬉しい。
 今は夏休みのせいか色々な客が来ていた。小学生のグループ、酔っ払いの大学生集団、練習帰りらしい高校生。果てはコスチュームプレイヤー。
 しかし一番多いのはやはりカップルや親子連れだった。
 悲鳴を上げながら彼らは身を寄せ合う。お化け屋敷としては成功してるのだが、独り身の自分としてはどうしても複雑な気分にもなってしまい……。
 まぁ、気にしていても仕方が無い。無い物を求めても虚しいだけだ。
 今は仕事に集中しよう。ほらまた病院の手術室で子どものカップルが泣き出したぞ。


 黙々と仕事をこなすうちに、だんだんと閉園時間も近づいて来た。
「今のが最後の客ですよね? 締める準備始めますか?」
 出口のスタッフが画面に向かって声をかけてく
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