彼女の家への坂道を、彼女と一緒に手をつないで歩く。
ゆるいカーブから街を見下ろせば、生活の灯りがきらきら瞬いている。星の光は街の明かりに遠ざけられて見えないが、これはこれで、いいものだと思う。
誰かが光の元で生活している、その証拠なのだから。
夜だというのに、まだ空気はじめじめしていて、少し暑苦しい。Tシャツが肌にくっついて、ハーフパンツも足にまとわりついてくるくらいだ。
身体が重くて、足を一歩前に出すのも少し辛いけれど、胸の中はとても落ち着いていて、穏やかだった。
彼女の柔らかい手が僕の手を包んでくれているから。
もっとずっと一緒に居たいなぁ。
手を離したくない。もうしばらく、この気怠く穏やかな旅行の帰り道を歩き続けていたい。
ああそれでも、彼女の家は見えてきてしまう。
少しの落胆と、安心感がため息とともに出て行く。
小旅行も、もうすぐ終わりだ。
アパートにたどり着き、僕はほっと一息ついた。
まどかは鍵を開けて、部屋の電気をつけて回る。扉からシンナーの微かな臭いが漂う。いつの間にかこの匂いを嗅いで帰ってきたのだと感じている自分が居た。
「上がって」
まどかの後に続いて部屋に入り、言われた場所に彼女の荷物を下ろした。
「ふぁあー」
床に腰を下ろすと、おっさんみたいな息が漏れてしまった。
とん、と言う音と共に、麦茶が注がれたグラスが机に置かれる。
「今日はありがとう、とっても楽しかった」
「僕も楽しかった」
まどかが笑顔を向けてくれる。僕はそんなふうに返しながらも、胸の中で思い切りガッツポーズを取っていた。
まどかが僕と一緒に海に行って、とても楽しかったと言ってくれた。しかも笑顔で!
まどかはふと気が付いたように荷物の中を探り、何かを取り出した。
貝殻だ。僕が海で見つけて渡したもの。
彼女は立ち上がって、プラモを飾っている棚にそれを並べる。その場所は、彼女のお気に入りが並んでいる場所だった。
それからプラモをちょん、と指で触る。子供のような可愛い仕草に、思わず顔がにやけそうになる。
子供、か。そういえば気になっている事があるんだった。
……旅行に行った後にする話でも無いかもしれないけど、忘れないうちに話しておかないと本当に忘れてしまいそうだし、二人にとって大切な事だし。
僕も自分の荷物から小箱を取り出す。休憩で立ち寄ったコンビニで買った、男女の間で使用するゴム製品。
「まどか、これ知ってる?」
まどかは箱を見て、首をかしげた。
僕のそばにぺたんと腰を下ろしてしげしげと眺めるが、良く分かっていないようだった。
僕はそれを取り出して、外に出して見せた。
「見たことない。水風船?」
「にも似てるけど、違うんだ。これは男の人の、えーと、その、えっちのとき、男性器に被せて使うんだ。直接接触する事による病気を防いだり、妊娠を防ぐために」
「ふぅん。こっちには、こんなものもあるんだね……」
箱を手に取るまどか。
その瞳が大きく見開かれ、落ち着き無く左右に揺れたかと思うと、箱を強く握りしめながら俯いてしまう。
「あ、あの、もしかして私のしてたことって、あまり意味無かったの?」
ちょっと浮世離れしてるというか、世間知らずなところがあると思ってはいたけど、やっぱり知らなかったのか。
「まぁこれしてても確実に子供が出来ないわけじゃ無いらしいし」
「ご、ごめんなさい。私、確かにあなたの子供が欲しいとは思っていたけど、でも、君が嫌がると思ったから、だから外に……。でも、そっか、意味なかったんだ」
意気消沈してしまうまどか。
考えてみれば、まどかは今日まで自分の気持ちを抑えていたっていう事なんだよな。
ずっと僕との間の子供を欲してくれていたのに、僕の気持ちをおもんばかって、気を使って。方法は間違ってしまっていたけど、きっといつも気を付けていたんだろう。
心の底から子供が欲しいにも関わらず、子供が出来ないようにと……。
僕がそんな風に思わせてしまっていたんだ。……彼氏である、僕が。
新しい命をお腹に宿す。それは生半可な気持ちじゃ出来ない事なのに。
それなのにまどかは最初からそれを望んでいたんだ。こんな僕との間に、子供が欲しいと思ってくれていた。
僕はうつむくまどかのお腹に触れる。
「改めて聞くけど、僕の子なんかでいいの?」
「……君じゃなきゃ、いや」
「……正直言って、最初は子供が出来たらどうしようかなと思ったこともあるよ。
でもね、今は少し変わったんだ。愛しい人との間に子供が生まれたら幸せだなぁってね。だってそうだろ? その子は僕らの愛の証、僕が生きて、君と出会って、僕らが一緒に生きていた証拠として、歴史の先まで伝えていってくれるんだから。
それに、単純に大好きな人が二人
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