いつもは外に行きたがらない彼が、珍しく海に誘ってくれた三日後。
私は彼の運転するレンタカーの助手席に座っていた。
……車の微かな揺れと共に、心を揺らしながら。
サイドミラーに映る自分の姿。額にはごつごつした可愛くない角が生えていて、肌は血色の悪い青色で、おまけに目は一つしかない。
私は人間じゃない。サイクロプスという、醜い魔物なのだ。
こんな私が人でごった返す夏の海になんて行ったら、きっとみんなから嘲笑の目で見られる。汚い物を見る目で、場違いな奴がいると顔をしかめられるに決まってる。
本当は人の目が多い場所には行きたくなかった。出来ればずっと彼と一緒の家の中で、プラモを作って過ごしたいと思っていたけど。
ちらり、と運転席の彼を見る。
彼はいつになく真剣な顔をしていた。見た事の無い彼の姿に、少し胸がきゅんとする。
今日の為に免許まで取ってくれた彼ががっかりする顔だけは見たく無かったから……。それに比べたら変な目で見られるのなんてへでもない。
でも、一緒に居る彼まで同じように見られてしまったらと思うと、少し怖い。
「まどか。寝ててもいいよ」
「え?」
「退屈でしょ? それかラジオでもつけようか」
彼は危なっかしい手つきで、左手でラジオのスイッチを探し始める。
私は彼の手を取って、一緒にスイッチを押した。
ラジオDJの曲紹介と共に、ゆったりとしたバラードが車の中に流れ始める。
……退屈なんて、あるわけない。彼と一緒に居て、つまらないなんて思ったことなんて全然ない。
一緒に居ると安心出来る。いつだって私が一番欲しいと思っているものをくれる。
それに、最近なんて一緒に居るだけでその気になってしまう事も多くなってしまって、プラモデルに集中して気を紛らわせていないと、襲い掛かってしまいかねない程なんだから。
現に今だって、私は……。
「この曲、結構いいね」
「私、流行の曲とか良く分からなくて。誰の曲?」
「えっと……。ごめん、僕もそこまでは良く分からないんだ。僕も流行に疎くて」
彼は苦笑いを浮かべる。また彼を困らせてしまった。
私はあまりしゃべるのが得意では無くて、口を開くと変な空気にしてしまう事が良くある。
どうしたら、もっと自然に仲良くおしゃべり出来るんだろう。
彼と出会った時もそうだった。
サークルの新人歓迎コンパ。他の一年生の子や先輩達がみんな楽しそうにおしゃべりする中、俯きがちで一人で居るのは私だけだった。
先輩たちは親切に声をかけてくれたけれど、口下手な私は上手く言葉を返せなかった。
そのうちに周りに誰も居なくなって、私だけが一人別世界に取り残されてしまった。
そんな私を、彼が見つけてくれたのだ。
することも無くぼうっとしているうち、いつの間にか彼が隣に座っていて、私の方をじっと見つめていた。
私はこんな外見だから、嫌でも視線を集めてしまう。
珍しい物を見る視線、汚らわしい物を見る視線、そういうものには慣れているつもりだったのに、彼の視線は不思議と私を落ち着かない気持ちにさせた。
私はその気持ちの正体が良く分からなくて、ついじろじろ見ないで欲しいなどと心無い言葉を掛けてしまった。
だけど、それからも彼はことあるごとに私を見つめてきた。大学内、サークル、ふとした瞬間に彼がそばに居た。
彼は不思議なまなざしの持ち主だった。嫌悪や奇異を感じさせない、生まれて初めて感じる視線。
そのうち、私もなぜか彼の事が気になるようになって、彼の姿を探すようになっていった。
でも、いつの頃からか私は変わってしまった。彼が居るだけで、胸がそわそわして苦しくなるのだ。
自分でも良く分からない気持ちに居心地が悪くなっていって……。
彼がどんな気持ちで私を見ていたかも聞かず、一度は彼から逃げてしまった。
近づかないで欲しいとか、そんな様な事を言ってしまった覚えがある。今では忘れてしまいたい記憶でもあるから、よく覚えてはいないけれど。
それでも、彼は再び私の前に立って、一生懸命気持ちを伝えてくれた。
今でもはっきり覚えている。
二号棟の三階。彼は初めて私に好きだと言ってくれた。
こんな私を、好きだと言ってくれたのだ。
長い長いトンネルを抜けた先に、視界いっぱいの青が広がった。
青空の下に、さらに深い青色が広がっている。
細かい雲のような白い物が動いている。あれが波というものだろうか。これが、海というものなのだろうか。
空のように、水平線の果てまで続いている。あれが全部塩水なんて、信じられない。
「ようやく見えたね。海」
「うん」
「空も晴れてるおかげで、すごく綺麗だ。いい海水浴日和だよ」
海を見るのは、生まれて初めてだ。
太陽の光を反射して、きらきら輝いて
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