第五章

 霊園からフランの住む親魔物国まで、歩けばどれほどの時間がかかったことだろう。教国の外に出た事の無い俺では全く目星を付けられなかった。
 歩けば十日は掛かるだろうか。いや、途中から目も開けていられなかったから、どれほどの距離を移動したのかは分からない。
 ハーピー三姉妹の脚に掴まれて運ばれる事半日。身を切るような極寒の風に耐えぬき、俺はフランの居る親魔物国の地面を踏んでいた。
 長期にわたる旅路を半日まで縮める、それだけの無理をすれば相応の代償もあった。
 城門前には無事に到着したものの、俺は寒さで全身が震えてしまって上手く立つことが出来なかった。
 よくあれだけの長い時間、冷気に耐えられたものだ。あるいは、これでもハーピー三姉妹の魔法で守られていたのかもしれない。
 その三姉妹も無事では済まなかった。次女も三女も、ばったりと地面に倒れ込んで胸を大きく上下に動かしている。荒い呼吸の音がここまで聞こえてくるようだ。
 長女もまた片膝をつき、喘ぐように息をしていた。だがそれでも、彼女はまだ俺に向かって片目を瞑るだけの余裕は持っていた。
「ちゃんと……届けました……。フラン様を……頼みます」
 俺は震えながら頷く。
 だが、凍えすぎて上手く声が出ず、身体を動かすことも難しい。
 目の前にフランの待つ城が見えている。だが、堅牢な城門は固く閉ざされたままだった。
 何とかして中に入りたいが、果たして事情を話したところで、突然やってきた異邦人を容易く入れてくれるものだろうか。
 しかし、思案する俺の目の前でその城門が開き始めた。門に出来たわずかな隙間から、見たことのある少年と一人の男がこちらに駆け寄ってきた。
 男はハーピー達の様子に気が付くなり慌ててそちらに駆け寄っていき、介抱を始める。慣れた手つきから察するに、医療従事者だろう。三姉妹も安心した様子で身を任せている。
 彼女達には、あとでちゃんとお礼を言わなければならないな。
 少年は、あの時のククリだった。彼はハーピーの長女と視線を交わしてから、ゆっくり俺の方に歩み寄ってきた。
「流石に三姉妹は仕事が早いの。巷で流れる二つ名の通りじゃわい。
 ……ところでお主、なんじゃその様は。青い顔をして、酔ったのか?」
 俺は出てきた少年、ククリに体が凍えて動かない事を伝えようとするのだが、口すらも震えるばかりで声にならなかった。
「なるほどの。そういう事じゃったか、ならば」
 ククリがぱちんと指を鳴らすと、何もないところから黄金の盃が現れる。彼は震える俺の手にそれを握らせ、自らの手で支えながらそれを俺の口元へと導く。
 盃の中には深い紅色の液体が入っている。湯気の立つ暖かそうなその飲み物は、凍える体にはありがたかった。
「飲むのじゃ」
 一口あおる。甘く、濃い味が口の中に広がる。温かいというよりは熱いそれは、しかし何の抵抗も無く喉元を過ぎていった。果実のような酸味がほんのりと残り、花のような香りが鼻を抜けていく。
 もう一口。さらに一口。飲んでいくうちに、体の芯がかぁっと熱くなってくる。熱が血液と共に体中を巡る。全身に熱を送るため、指先でも鼓動を感じられるくらいに、心臓が強く打っていた。
「全部飲んでしまったのか? 大した奴じゃのう」
 ククリは驚いたような呆れたような表情を浮かべる。
 一体これは何だったのだろう。高価なものだったのか、あるいはアルコールの強いホットワインか何かだったのだろうか。
「ワインではない。それはわしが作った魔法薬……いや、素敵な愛のジュースじゃ」
 少年は胸を張る。いや、実際は少年ではないだろう。
 馬車で去った後に突然現れたり、魔物のような姿になったり、風のように消えてしまったり。今の盃と言い、ただの人間では無いのだけは確かだろう。
「その通りじゃ。わしは魔物娘のバフォメット」
 女の子だったのか。
「まぁ、男の子に変身しておるからの。分からないのも当然じゃ」
「ククリ、お前心が読めるのか」
 既に震えは収まり、声も出せるようになっていた。流石は魔法の薬だ。体があっという間に暖かくなってしまった。しばらく収まりそうにない。
 ククリはにやりと笑う。
「この程度の魔法ならば朝飯前じゃ。さぁ付いて来い。フランのところに案内してやろう」


 石造りの廊下を、ククリの後に付いて歩いた。
 昔は兵士をやっていたことがあるが、城の中に入ったことなど無かった。これが生まれて初めてだった。
 入ったことがあるのは訓練のときに泊まった兵舎くらいのもので、俺のような下賤の者には教国の城に近づくことすら許されなかった。
 ところがこの国の城の中と来たら、明らかに平民と思われる人間もちらほらと歩いていた。
 魔物娘も多数。
 爬虫類の尻尾を持っている女性、下半身が蜘蛛の女性、獣の耳を持
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