夏が来ると、俺は毎年決まって田舎の祖父母の家に行く。
たまに目的を聞かれるが、答えはすぐには出てこない。
家の掃除もするし、墓参りにも行く。近くの川や山に散策に出たりもするが、しかしどれが目的、というわけでもない。
それに、爺さんも婆さんももうずいぶんと前に亡くなっていて、基本的に今は誰も住んでいない。
一応、書類上は父でも母でもなく、自分のものになっている。手に入れるのは簡単だった。それまでの経緯は、多少もつれてはいたが。
というのも、最初は誰も祖父母の財産を相続しようとしなかったのだ。金銭的なものはほぼ無く、あるのは家とわずかな土地だけだった。その家も土地も、一般的に避暑地と呼ばれる土地にはあるものの、交通の便は悪く、随分と古かった。管理するにしても処分するにしても、それなりの金額がかかってしまうという話だったらしい。
そんなこともあったため、さて誰が相続するかという話になった時にも大分もめたそうな。
売りにも出したがが買い手は付かず、さて困ったとなったところに、それなら自分が引き取ると申し出たところ、まるでコントでも見ているかのようにどうぞどうぞと皆喜んで俺に家を譲ってくれた。
まだ働きだしたばかりの頃だったため父母には反対されたが、けれど俺は祖父母の家が、あの土地が好きだった。そこが自分に縁の無い場所になってしまうのは、まして他人のものになってしまうのは耐えられなかった。
だから、祖父母の家に行く理由としては、単純に家に帰るというのが一番正確なものかもしれない。
都会から電車を乗り継ぎ数時間。それから本数の少ないバスに揺られて二時間弱。最寄りのバス停から歩いて三十分。田園と山々の合間に、ようやく目的の小さな家が見えてくる。
鍵を開けて中に入る。何となく何者かがつい最近も入っていたような気配も感じたが、気にしない。
窓や雨戸を全部開けて、籠った空気を入れ替える。
外の空気も暑く湿ってはいても、都会の空気とは比べ物にならないほど爽やかで涼しかった。
茶の間に荷物を置いて、縁側に座って買ってきたペットボトルの麦茶で一服する。
いつもならばすぐに荷物を開くのだが、今回は持ってきたものが多かったので疲れてしまった。時間もかかりそうなので後回しだ。
差し込む日差しに目を細めながら、滲む汗をタオルでぬぐう。少し休んだら買い出しにも行かなければならない。
電気、ガス、水道は通っているが、年に数えるほどしか訪れないので冷蔵庫の中は空っぽだ。せいぜいカップ麺が取り置いてある程度。生活するには、少し準備がいる。
汗ばむ体に、山から吹きおろしてくる風が心地よかった。
生ぬるくなったお茶をもう一口。とペットボトルを煽ると、口に入ってきたのは氷から溶け出したような冷たいお茶だった。
見れば、ペットボトルの汗が凍っていた。突然吹いた冷たい風に、背筋が冷える。一瞬身体が凍えたかと錯覚するほどの、けれどもどこか心地よい冷気。
「久しぶり」
懐かしい中性的な声。振り向けば、予想通りの女がいた。
「凍華か。いつもより少し早く帰ってきたのによく分かったな。待ち伏せか?」
「風に匂いが混じっていたから。帰ってきたんだって、すぐに分かったよ」
若い女がいつの間にか庭に立っていた。凍華という名前の、付き合いの長い古い馴染みの相手だった。二十代前半にしか見えないが、外見は出会ったころから変わっていない。それにももう慣れてしまっているが。
極端に丈の短い、太ももが見えてしまうような浴衣姿。胸元もざっくり開いていて、まるで夜のお店の女の子みたいに扇情的な格好。だけどそんな格好が、不思議と妙に似合っている。
顔立ちだって、都会でもなかなか見かけないくらいに綺麗だ。
いかにもお店に居そうだが、しかしこいつはそういう店ではきっと稼げないし、人気も出ないだろう。
その美しさは、どこか人間離れしている。そしてどこか、人を遠ざけるような冷たさを感じさせるのだ。
いや、実際こいつは人間ではない。本人の話によれば、氷柱女という種族の妖怪の類だという。
現にこいつはこの夏の強烈な日差しの下で汗一つかいていない。それどころか、その肌や髪にはうっすらと霜が降りていて、場所によっては名前通りの氷柱さえ出来ている程だ。
ただでさえ青白い肌や白銀の髪が、さらに色素が薄く見える。
そして昏い眼球から覗いてくる、青い瞳の凍てついた視線。
そばに居るだけで感じる、寒くもないのに身体の芯から震えてくるような奇妙な冷気。
まるで雪山で凍り付いたまま変わらない凍死体のような……。
しかしそんな彼女はいたずらっぽく口の端を上げて笑いかける。そして今にもスキップでもしそうな足取りでやってきて、俺の隣に腰を下ろす。
俺の顔をまじまじと見つ
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