暑い。ひたすらに暑い。夜にも関わらず暑い。
真っ赤なテロップでテレビ画面は狭くなり、ニュースは屋外での活動自粛と、大小様々な被害を告げている。
まるでSF小説のディストピア。
けれども今のところ特にAIの暴走やヒューマノイドの人権問題や巨大隕石の接近や第三種接近遭遇の予定もないらしい。
ただ、暑いだけという話だ。SF小説としては環境問題を取り扱う社会派に分類されそうだが、売り上げは良くなさそうだ。
SF小説なら最後には何らかの解決がされるのだろうか。それとも地球滅亡エンドだろうか。
小説なら面白いどんでん返しでもありそうだが、あいにくとこの現実にはそんなものは無さそうだ。
たまの休日だというのに、暑さのせいで頭がおかしくなってきているようだった。
それもそのはず。長年お世話になっていた冷房は近年の長時間労働に耐えられずとうとう先日お亡くなりになり、今や室内気温は平熱を越えている。
室外気温がどれほどのものなのかは、もはや知りたいとも思えない。冷房を買いに行こうにもその途上で倒れ込みそうだ。
熱をはらんだ湿気に茹でられて、何もする気が起きない。
少しでも涼を得ようと独り身をいいことに服を脱ぎ、パンツさえ穿いていないにも関わらず、暑さは大して変わらなかった。布団に寝転んでみているが、接地面から汗をかいて寝付くことも出来ない。
今日はせっかくの休日だったというのに、結局暑くて何もする気が起きなかった。
俺は一人で何をやっていたんだろうと泣きたい気持ちになるが、水分と塩分は涙になるより先に汗になって布団に染みこんでいく。
ぐるりと視線を巡らせると、お気に入りの同人誌が目に付いた。
魔物娘図鑑。ファンタジー世界を基本として、全ての魔物やモンスターが可愛いサキュバスの女の子になっている素晴らしい作品だ。
魔物なのに人間を大事にしてくれるところがいい。基本的にエロスで全てを解決させるところがお気に入りだ。ご都合主義だろうが何だろうが、みんな平和で幸せなのが一番だ。
悲劇や惨劇や後味の悪い展開を迎える創作物も多い中、自分にとってはまさにオアシスのような存在だ。
図鑑の世界に行けば、きっと自分のような面白みに欠ける冴えない男でも誰かに愛してもらえそうな気がする。
「そうだ、図鑑世界、いこう」
せめて図鑑世界の夢を見たいとばかりに目を閉じた。
「行ってみたいの? 図鑑世界」
誰も聞いていないはずの独り言に返事が返ってきた。しかも女の声だった。少し高めの、優しそうな澄んだ声。
俺自身の妄想としては素晴らしい出来だ。
「行けるものなら、是非とも行ってみたいけど」
「でも、別の世界なのよ。この世界だって、そう悪くは無いんじゃないの。面白いものとかたくさんありそうだし」
「無いことは無いだろうけど、時間も金も無いし。仕事は大変だし、仕事してたら遊ぶ元気も時間も無くなるし、気兼ねなく遊べるほどのお金ももらえないし、最近はどこもかしこも物騒な話か世知辛い話ばかりだし」
「こっちの世界も大変なのね」
「まぁね。逃げられるものなら逃げ出したいよ。でも外国も治安は良くないみたいだし、そもそも外国語も話せないし。逃げるんだったらいっそ別世界にでも逃げてしまいたいよ」
「じゃあ、逃げちゃいましょうか。私達の世界、図鑑世界に」
「いいねぇ。行きたいねぇ。全財産を投じたっていい」
返事はすぐには戻ってこなかった。自分の妄想の限界でもあるようで、しかしその一方で実際に相手がそこにいるような妙なリアルさがあった。
「お金は、別にいらないんだけど。……魂とか、かけられる?」
まるで本当に何かがそこにいるようで、俺は可笑しくなってくる。いや、もうおかしくなってしまっているのだ。暑さで。
「魂をかけたっていい。むしろ、俺の心や魂はいつだって図鑑世界という理想郷に惹かれているのだから」
「じゃあ、……私と契約しよっか」
少し虚しくなってきた。こんな風に脳内で妄想劇を繰り広げたところで、あちらの世界に行けることなどあり得ないのだから。
汗をかきすぎた。寝られないのなら、とりあえず何か飲んだ方がいいかもしれない。
俺は汗を拭って目を開く。
すると、目の前に覚えの無い青白いものが目に入った。
派手なブーツのようなものを履いている人の脚のように見えた。視線を動かすと、それは紛れもなく脚だった。というか、人間だった。いや、厳密にいえば人間では無かった。
尻尾のようなものが脚の向こうで揺れていて、蝙蝠のような羽も生えていた。頭には二本の角も生えていた。
青白い肌に、羽と尻尾と角の生えたその姿は、紛れもなく魔物娘図鑑のデーモンだった。
ブーツの他には、図鑑の挿絵と同じようなボンデージ服を身につけていた。露出が多くて涼しげだが、素材が革
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