妖の宴

 いつものように畑で野良仕事をしていると、唐突に自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
 仕事の手を止め顔を上げると、やはり気のせいでは無かったようで、よく日に焼けた男前を汗まみれにしながら、壮年の男が慌てた様子でこちらに走ってきていた。
「そうたさんそうたさん。大変なんだ早く来てくれ」
「これは村長さん。どうなさいました」
 村長は膝に手を置いて息を整えようとする。そうたが腰に下げていた水筒を手渡してやると、うまそうに何度も喉を鳴らしてから大きく息を吐く。
「いやぁ助かった」
「そうですか。用が済んだなら」
「っと、そうじゃないんだそうたさん。またあいつらが騒いでいるんだよ。悪いんだが、あんたから何とか言ってやってくれんかねぇ」
 話の内容に大体の予想が付き、そうたはため息を吐いてこめかみを抑える。
「別に何かが壊されたとか、怪我させられたとかではないんでしょう。少しくらいは大目に」
「そういうわけにもいかないだろう。子供達が変な遊びを覚えてしまっても困るし、村の空気だって悪くなりかねない」
「村長さん。そう思うなら、たまにはあんたから言ってもらった方がいいんじゃないかな。一応この村の頭役はあんたってことになってるんだし」
「そんなこと言わずに、いつものように今回も頼むよ。あいつらだって慣れた顔の言うことの方が聞くだろうし、それにそうたさん、あいつらの中に知り合いだっているんだろ」
 言いたいことは無いでも無かったが、心底困り切った顔で助けを求めに来た年長者の頼みを無下にも出来なかった。
 皮肉や文句は黙って飲み込み、そうたは短く答えた。
「……場所は」


 のどかな田園風景を横目に、そうたは村長に言われた村外れの納屋に向かって走る。
 畑仕事をしていた幾人かがそんなそうたの姿に気が付き手を止める。だが、「そんなに血相を変えてどうした?」などと声をかけてくるものは居ない。居てもせいぜいが。
「おう、そうた。今日もまたいつものように妖怪退治かい」
 などと冷やかしてくる程度だった。
「あぁそうさ。いつものように軽くひねってやるさ」
「お前も大変だなぁ。ま、頑張っとくれ」
 村外れの納屋が近づいてくるにつれて、そうたにも問題の原因らしきものの正体が掴めて来た。というよりも、聞こえてきたのだった。
 愉快そうな話し声や笑い声。そして猥談。
 酒瓶を傍らに、道のど真ん中に陣取る人影が見えてくる。
 遠目には人間の女に見えなくもない。が、彼女らは人間ではない。
 角や獣の耳が生えているのなど当たり前。肌が真っ赤だったり、下半身が毛むくじゃらの蜘蛛の形になっていたり。姿形は様々だが、皆一様に人間離れした姿をしている。いわゆる、妖怪と呼ばれるモノたち。
 力は強いが、凶暴ではない。理屈が通らない事もあるが、邪悪ではない。悪い奴らでは無いようなのだが、はた迷惑なときもある。そういう奴等だった。
 どうやら今回は通りで酔って騒いでいるのを村のうるさいのに見つかってしまったようだ。
 そんな妖怪達の酒宴を低木の茂みの影から二人の小僧が覗いていた。妖怪達によっぽどご執心なのか、そうたがのっそりと近づいていっても一向に気がつく気配がない。
「どれ、そんなにいいものが見られるなら俺も一緒に見るとするかな」
「う。わぁっ。そうた兄ちゃん」
「いいいつからそこに」
 驚く二人を尻目に、そうたは妖怪達の種族に目星をつける。赤い肌のはアカオニ、頑強そうな蜘蛛の脚をしているのはウシオニ、獣耳のだけは狐か猫かイタチか分からなかった。
「あんまりふざけてちょっかい出すと、大ヤケドじゃ済まないぞ」
「だ、だってよぉ。あんなに綺麗な姉ちゃん達がおっぱい晒して飲んでるんだぜ」
「ちょっとくらいいいじゃんよぉ」
 晒してはいなかったが、確かにいつこぼれてもおかしくないような裸同然の格好だった。とは言え、大抵の妖怪は普段からあんな格好だが。
 気持ちがわからないでもないそうたは苦笑いして小僧たちを見下ろし、そして目を丸くした。二人共、頬が赤く腫れていたのだ。
「どうしたお前達。まさか本当にちょっかい出したのか」
「違うよ。俺達はあの姉ちゃんについてこうとしただけだよ」
「面白いことを教えてやるって言われたからさぁ」
「そしたら急に村長のおっさんが走ってきて、俺達をひっぱたいたんだよ」
「子供は帰って家の手伝いしろってさぁ。腕引っ張られて連れ帰られちゃったんだよ」
 そしてその足で村長は助けを呼びに来た、といったところなのだろうか。
「で、なんでお前達はまたここにいるんだ」
 小僧たち二人は顔を見合わせて、頬を赤くする。
「だってなぁ。あんな立派なもの、そうそう拝めねぇし」
「そうそう」
「なるほどな。お前達の気持ちはよく分かった。いいものいっぱい拝めて良かったな。じゃあそろそろ帰れ
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