冬の国の記念日

 勤務予定表の不自然な空白で、俺は来月が何月だったのかを思い出した。
 雪山の連なる場所にある、一年中雪と氷に覆われたこの国には、季節感や毎月の違いなど有って無いようなものだったが、しかしそんなこの国にも一月だけ別格の月がある。正確には、特別な一日が。
 来月には、国を挙げての大事な記念日があるのだ。
 この国の、この雪と氷の世界の守護者である氷の女王様の、結婚記念日。
 国中のそこらじゅうで催し物が行われ、外の国からの観光客も増え、皆が思い思いの方法で女王様の記念日をお祝いする。一年で一番特別な一日。
 祝福するのは人間だけに限らない。雪と氷の世界のすべてがその日を祝福するかのように、その日は不思議と空は晴れ渡り、けれど細やかな雪が穏やかに降り注ぎ、あらゆるものが柔らかな輝きに包まれる。
 そして、その日だけは不思議と寒さが消えて、凍える心配をせずに国のどこにでも行くことが出来るのだ。
 ただし気をつけなければいけないことが無いわけではない。その日は冷気は弱まるが、その代わりに孤独感や寂寥感は強く感じるようになってしまう。それ故に、独りで過ごすには苦痛が伴う一日でもある。
 けれど、それにはちゃんとした理由があるのだと言われている。
 愛し合うことの尊さを知った女王様は、他の皆にも誰かと愛し合うことの大切さを実感して欲しいと願うようになった。
 そこで彼女は、自分自身が愛を知ったこの日を、自分以外の者にとっても愛を育む為の特別な一日にしたのだという話だ。
 独り者は愛する人を見つけるための、既に愛する人が居る者は相手と共に過ごすための、一番の日になるようにという女王様の願いが込められている日なのだという噂だった。
 この国最大の、お祝いとお祭り。そして愛情を確かめ合う為の日。
 雪国の救助部隊である俺達の仕事も、この日ばかりはお役御免となる。
 実際にこの日だけは、この世界そのものが、孤独で弱い生き物を、寄り添い合って生きるしか無い生き物を守ろうとするように、不思議と事故や事件といったものが起こらないのだ。
 本来はどんなときでも何かあったときの為にと一人くらいは詰め所に待機していた方が良いのだが、この一日だけは総隊長も目をつむっている。
 そしてこの日が過ぎると、あっという間に新しい年の始まりになる。
「今年ももうすぐ終わるんだな」
 誰にも聞こえないくらいの小声で呟きながら、俺は自分の机の前で頭をかく。
 特に予定は無かった。一緒に過ごす相手は居ないし、実家に帰ろうにも弟の嫁が産気づいているらしいので帰っても居場所がない。
 連れ合いが居ればしっとりと愛し合うことが推奨される日だ。隊員同士で集まって宴会という事もない。
 俺のような隊員も居ないではないが、どう過ごすかはそれぞれだろう。思い切って意中の相手にアプローチする者も居れば、人の多そうなところで出会いを求める者も居るだろう。そして何も無しにいつも通りに過ごそうとする者も。
 他にやる事も見つからなかった俺は、冬の記念日の勤務に丸を付けた。


 何事もなく日々は過ぎ去り、国の中では記念日に向けた準備が進められていった。
 人里には建物と言わず街路樹と言わず、きらびやかな飾り付けが施され、道行く住人たちもどこか浮ついていて、楽しげでそわそわとした雰囲気だ。
 この雪と氷の国には人間以外の生き物、女性によく似た姿を持つ魔物娘と呼ばれる人外の異種族や精霊達も暮らしていたが、特に彼女達にその傾向が強かった。
 その一方で俺は、特にいつもと変わることも無かった。
 もともと俺は故郷の山で減ることのなかった雪と寒さの犠牲者を何とかしたくて、故郷や山を守りたくてこの仕事を志した人間だ。周りがどうあれ、山で危機に陥る者が少なくなればそれだけで十分だった。
 もっとも、仕事に追われて記念日どころでは無かったという事もあったが。
 周りが浮足立っているときこそ着実に仕事をする人間が必要だ。今年はたまたまその役が自分だっただけ。そう思っていた。
 ……そのつもりだった。だが、その日が近づいてゆくにつれ、俺は少しずつ仕事に身が入らなくなっていった。
 ぼんやりと考え事をすることが増え、すぐに身体が疲れてだるさを覚えるようになった。周りが生き生きしてゆくのと反比例するように、俺の身体と心は鉛のように重く鈍くなっていった。
 このままではいけないと思いつつも、あらゆることにやる気が見出だせないまま、とうとうその日を迎えることになってしまった。


 早朝。前日預かっていた鍵で扉を開けて、俺は救助部隊の詰め所に出勤した。
 いつもは肌が切れるかと思うほどの鋭い冷気も今日はなりを潜めていた。だからといって温かいわけではないが、薄着でも過ごせるくらいには寒さが抑えられていた。
 けれども寒さの代わ
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