第三章:あなたはひとりじゃない

 ファイがそばにいてくれるようになってから、私の世界は大きく変化した。
 目に見えるものは相変わらず白と、青と、瞬いては消える頼りない光ばかりではあったけれど、同じ光景でも彼が来てからは全く別のもののように見えて、感じられた。
 世界中で寒さに身を震わせ、温め合う相手を探す孤独な生き物を見ると胸が苦しくなった。連れ合いを見つけて愛し合えるようになったつがいを見ると安心するとともにとても温かく幸せな気持ちになった。種族の差を乗り越えて夫婦の絆を結ぶことが出来た魔物や精霊や人間達を、心の底から祝福できた。
 孤独の悲しみも、死の絶望も、愛し合う喜びも、命を宿す幸福も、知識としては知っていた。それを私はようやく、自分の身を通して共感することが出来るようになった。
 かつて領土内の高山を管理していた氷の精霊が登山家と夫婦になったという話を聞いたことがあった。
 当時の私は言葉でこそ祝福はしていたが、その実何も感じては居なかった。
 けれど今の私には、その時の彼女の気持ちがとても良く分かる気がする。
 理解出来ない相手の行動への戸惑い。生まれてくる自身の感情に対する困惑。自分が変わってしまうことへの恐怖。彼を想えば想うほど強くなってゆく別れた時の苦しみに、自分の感情を否定しようとさえしただろう。
 けれど彼女達はそれを乗り越え、結ばれた。その喜びの大きさを、愛する人が隣に居てくれる事の素晴らしさを、今の私はよく知っている。
 私は、本当に運が良かった。
 ファイという、私にとってかけがえない温かなかがり火を見つけられた。優しく世界を温める太陽のような人と出会えた。
 彼はいつも私のそばにいてくれる。
 触れていないと、そばにいないと、すぐに己の冷気で凍えてしまいそうになる私を、常に隣で微笑みながら温め続けてくれる。
 魔法で映した外の世界を一緒に見たり、たまには氷の宮殿の外を散歩したり、領地内を見て回ったりもした。
 彼と一緒なら、どこにいても何をしていても私は幸せだった。ただ白く塗りつぶされているだけだと思っていた世界は、本当は様々な色で出来ていたのだと気がついた。
 そんな私の変化に、そして彼の突然の出現に、宮殿内のグラキエス達も最初は驚き戸惑っていた。
 けれど今となってはそれも落ち着いた。
 彼女達は、今ではかつてよりもさらに積極的に役目を果たすようになった。そして報告の際も、言葉を使って感情豊かに伝えてくれるようになった。
 全てが良い方向へ向かっている。そんな風に思っていた。
 けれど同時に、私は急に大きな不安に駆られるようにもなり始めていた。


 一日の多くの時間を、私達は寝台の上で裸で寄り添い合って過ごす。
 肌を寄せ合い、互いの存在を確かめ合うように、相手の身体を温めるように、触れ合い、撫で合う。
 その手は肌に触れるうちに次第に熱を帯びてゆき、互いの身体をより強くまさぐり、求め合うようになる。
 そうするうちに、私も彼も相手が欲しくてたまらなくなる。
 それを禁ずるものも、咎めるものも誰もいない。むしろそうすることが正しい有り様なのだ感じるままに、私達は当たり前のように唇を重ね、肌を合わせ、身体の奥底までつながり合う。
 つながるだけでは物足りなくなり、溶け合ってしまうくらいに強く感じたくて、いつも私は彼に囁きかけて誘惑し、更に激しく彼を求めてしまう。
 彼は時にとろけてしまうくらいに甘く優しく、時に火傷してしまうくらいに強く荒々しく、私を愛してくれた。
 恥ずかしくて言えないこともたくさんした。
 戸惑うようなこともしてくれたし、驚くようなことをさせられたりもした。
 けれどそのどれもが、彼のもたらしてくれるあらゆるものが、私にとっては天からの恵みのように感じられた。
 彼の体温。命の熱。その全てが私の世界を祝福してくれた。
 その優しい温かさの心地よさに、彼の与えてくれる多幸感に、私は溺れ始めていた。
 彼を求める欲望に歯止めが効かなくなっていた。目に見えるところに居てくれなければすぐ不安で身体が震えた。見えるところにいるなら触れてくれなければ耐えられなくなった。触り合えるなら愛し合えなければ苦しくなった。
 かつて冷酷で絶対的な雪と氷の支配者だったことなど忘れ去ったように、これからも冷気に震える世界を管理し続けなければならないという責務も置き去りに、ただただ彼の与えてくれる熱に夢中になった。彼と愛し合う時間が、時が経つほどに増えていった。
 それでも今はまだ、国の管理を疎かにしているつもりは無かった。グラキエス達への指示も欠かさず、領地内が過剰に寒くなりすぎることも、逆に温かくなり過ぎることも無かった。
 ただ、彼と愛し合いながらグラキエス達の報告を受けたり、指示を出したりすることはあった。もちろん、伝心の魔
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