前編

「……………………」
腰辺りまで伸びたカラフルな藪をガサガサと掻き分けて進む一人の少年。
紫陽花を思わせる淡い紫色の燕尾服を纏う一九六センチという滅多に拝む事の無い長身、熟した葡萄のような黒っぽい紫色の長髪は項辺りで束ねられている。
藪を掻き分ける手には白手袋を着けており、その姿は良家の執事を思わせるが、青紫色のフレームの眼鏡の奥に覗く切れ長の目は困惑と疲弊に染まっている。
「……………………」
少年の周囲は何と言うか、奇妙の一言に尽きる光景だ。
カラフルでファンシーなカラーリングの奇妙に捻じ曲がった草木。
時折見つかる、アヘ顔のトーテムポール―少年をやや上回る、男性器をリアルに再現した張り型を見つけた時は本当に驚いた―を始めとした場違いで卑猥なオブジェ。
見上げればハートを中心にトランプのマークの形をした色鮮やかな雲が浮かぶ桃色の空。
まるで玩具箱をひっくり返したような光景は少年の精神を疲弊させるには充分過ぎる。
「此処は一体何処なのですかぁぁぁ――――――――!!」
空に向かって叫ぶ少年の名は紫法院武人(シホウイン・タケヒト)、『勇者』として召喚された異世界の住人である。



科学万歳な世界の住人である武人が、人間と魔物が住まう如何にもファンタジーな世界に血よりも濃い情で繋がった義兄弟達と共に召喚されてから三ヶ月は経つ。
言葉から思い浮かぶイメージを崩す、平和と人間を愛する心優しい魔王。
魔王の影響で、嘗ての名残を残しながら見目麗しい美女に変わった魔物。
ソレだけでも驚くには充分―因みに、武人は二週間程で慣れた―なのだが、この世界には『マキナ』と呼ばれる巨大ロボットとアンドロイドが存在しているという。
武人達をこの世界へと召喚した張本人であるアステラ・フォン・ラブハルトの話に因れば、彼等がこの世界に召喚されたのはマキナとアンドロイドに対抗する為だ。

この世界には世界を創造した『主神』と呼ばれる女神を信仰し、教義に反する存在である魔物を敵視する武装宗教組織・『教団』が存在している。
その中でも二番目の規模を誇った宗教国家・レスカティエは、今から一五年前にアステラの姉であるデルエラの手で陥落した。
元々国内に不満が溜まっていた事もあってレスカティエは呆気無く陥落し、教団は奪還を試みるものの失敗を繰り返し、今では最大の汚点として放置されている。
奪還を諦めきれなかった一部の幹部達は奪還を当面の目標とした軍事都市・ネルカティエを興したが、このネルカティエがマキナとアンドロイドを開発した張本人である。
この世界の技術力は魔術で発展した部分はあれど総合的に見れば中世と同レベルなのだが、ネルカティエは元の世界とこの世界の二つを遥かに超えた技術力を何故か保有している。

巨大ロボット・マキナとアンドロイドの存在、召喚された自分達がこの二つに対抗出来る存在である事を武人も最初は否定した。
然し、武人と共に召喚された義姉・藍香東(アイカ・アズマ)を皮切りに、彼の義兄である白城琴乃(シラギ・コトノ)、赤尉紅蓮(セキジョウ・グレン)、碧澤一心(ミドリザワ・イッシン)がマキナを操縦するのを目の当たりにした以上実在を信じるしかない。
同時に同じ義父の許で育った自分達には、オーバーテクノロジーに対抗するに充分な力を持っている事が証明された。
コレは余談だが、この四人の他にも武人には義兄一人と義弟二人がおり、彼は八人兄弟の五男、誕生日は違えど全員同じ『一七歳』である。
兎に角、この世界には過ぎた力に対抗出来る存在である武人は、魔物側の『勇者』として日夜教団と戦っているのである。
尤も、レスカティエ奪還を目指して攻勢に出た教団が、武人達異世界組を含めた魔物側に敗北したのが二週間程前の事。
一気に失った戦力の補充で教団が大人しくしている為、暇を持て余しているのだが。

×××

「一体何処なのですか、このポップで奇妙な森は……」
ブツブツと呟きながら武人は何故こんな奇妙な場所に居るのかを思い出すが、今日は特別変わった事はしていない。
セクハラを受け流しつつ日課の朝練、その後誘惑を拒みながら朝食を済ませ、朝食の後はお誘いを断りつつ午前の警邏に出た。
其処までは普段通りの日常だが、問題は其処からだ。
昼の訓練相手であるアルルカン―リビングドールという付喪神に近い魔物であり、琴乃の『妻』でもある―との組手の内容を考えながら歩いていたらこの状況。
中世ヨーロッパそのものの街並みを歩いていたら、突然こんな奇妙な森を歩いていた。
うん、一体全体何がどうしてこうなったのかサッパリ分からない。

「やぁ、君が異世界の住人かな〜?」
「……っ!?」
経緯を思い出そうとして逆に混乱してしまった直後、突然背後から掛けられた声に武人は振り返りながらボクサーのように左手を前に出し
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