前編

「……うし、誰もいねぇな」
魔物の殲滅、魔王の殺害を目論む軍事都市・ネルカティエ。
その中枢たるネルカティエ城中庭……木陰に隠れてキョロキョロと周囲を窺う一人の少年、その少年は『吸血鬼』と表現出来る風貌だった。
大雑把に切り揃えられた新雪のような純白の短髪、死人を思わせる程に白い肌、本人にはその気が無くとも睨んでいるように見える紅い瞳の鋭い目。
真っ白な少年はピッチリとした黒革製ボンテージと黒革製のズボンで一九四センチという滅多に見ない長身を包み、腰には金属鋲が大量に付いた黒い革ベルト。
手には指が完全に露出した黒革製の手袋、と一昔前のハードロックヴォーカリストじみた黒一色の服は病的に白い肌もあって吸血鬼を彷彿とさせる。

「ったく、面倒ったらありゃしねぇ……まぁ、コイツを誰かに見られんのは勘弁だ」
周囲に人の気配が無い事を知り、それでも用心深く警戒しながらコソコソと動くその姿は敵地に潜入したスパイそのもの。
本職も思わず感心の溜息を漏らす動きを披露する少年は、ベルトの付いた棺桶を思わせる大きな筺を担いでいる。
「さぁて、と……」
それなりに広い中庭でも人目に付かない隅の方が少年の特等席……特等席に着いた少年は担いでいた筺を下ろして蓋を開けると、筺の中身は年代物のコントラバス。
コントラバスを取り出した少年は軽く息を吐いた後、コントラバスを奏で始める。
その音色は本職も唸る程に綺麗なのだが、ハードロックヴォーカリストじみた風貌の少年がコントラバスを演奏している光景はシュールである。
コントラバス奏でる少年の名は黒井夜斗(クロイ・ヤト)、『勇者』として召喚された異世界の少年である。



元々、夜斗は科学万歳、ファンタジー要素の無い―正確には夜斗達という例外が居るが―世界の住人だった。
然し、三ヶ月前に夜斗は血よりも濃ゆい情で繋がった義兄弟三人と共に人間と魔物が住む異世界に召喚された。
夜斗達が召喚された世界は世界を創造した主神を崇拝・信仰する武装宗教組織・『教団』と、主神と敵対する魔王が率いる『魔物』の二大勢力が争っている。
一五年前、教団勢力圏内でも二番目の規模を誇ったレスカティエが魔物の攻撃で陥落して以降教団は魔物に押され、劣勢を覆す為にネルカティエは夜斗達を召喚したそうだ。

ネルカティエ曰く魔物は絶対悪だと言うが、夜斗達はソレが嘘である事を知っている。
ネルカティエに召喚されてから一ヶ月後、夜斗の義兄たる赤尉紅蓮(セキジョウ・グレン)がネルカティエ近隣の森にある魔物の集落の殲滅を命じられた。
その時、紅蓮は魔物の真実を知り、彼を通じて夜斗はネルカティエの嘘を知った。
確かに魔物は人食いだったがソレは過去の事、六〇年前の代替わりから不殺を絶対戒律に平和を愛するようになり、人間との共存を目指すようになったのだ。
尤も、魔物は全員嘗ての名残を残しつつ見目麗しい美女となり、欲求に忠実な快楽主義者だったのは予想外だったが。
魔物の真実を知ってから二週間後、義兄弟の中で最初に魔物と接触した紅蓮が反旗を翻し、その三日後に義兄の碧澤一心(ミドリサワ・イッシン)が脱走、折角召喚した勇者が二人も離反してしまった。

現在ネルカティエには夜斗と彼の義弟である灰崎勇一(カイザキ・ユウイチ)が残っているが、残る二人も真実を知ってからは魔物の討伐命令を尽くボイコット。
その為、夜斗と勇一を投入する予定だったレスカティエ奪還作戦は失敗に終わり、精鋭を一気に失った教団は戦力の補充で暫くは大人しくしているだろう。
夜斗と勇一は離反した二人の討伐をネルカティエの王たるゴールディに命じられているが、義理とはいえ兄を殺すつもりは二人には無い為、絶賛ボイコット中である。
そんな反抗的態度を取る夜斗と勇一なのだが、何時か気が変わるだろうと思っているのかネルカティエは二人を手放そうとしない。
尤も、夜斗には離れられない理由がある為にネルカティエに残っているのだが。



「ふぅ……ん?」
「……………………(じ〜)」
「どわぁぁっ!? る、るる、ルエリィ!? い、何時から其処に!?」
三曲程弾いた所で夜斗はコントラバスの演奏を止めると、何時の間にか隣に座って演奏を聴いていた少女に驚き、『ピョイ〜ン』と擬音が付きそうな程に飛び跳ねる。
「ふふっ、私は二曲目の始めから居ましたよ。一度演奏を始めると、『兄様』は全然周りが見えなくなっちゃいますね」
「うぅ……あぁ……」
微笑む少女に夜斗は恥ずかしさから頬をポリポリと掻く。
夜斗の事を『兄様』と呼ぶ少女は白と紫を基調とした可愛らしいドレスを纏い、その細い首には黒いチョーカー、綺麗な銀色の長髪はクルクルと縦ロールにセットされている。
この少女の名はルエリィ・ルメール・ネルカティエ……ネルカティエの第四王女であり、彼女の存在こ
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