「取り敢えず、何処に降りましょうかねぇ……」
月と星が輝く夜空を飛ぶ人影はポツリと呟く。
骨と皮だけと表現出来る程に痩せた身体、生気の抜けた不健康そのものな顔色。
手入れらしい手入れのされていないボサボサの短髪は顔色に反して綺麗な若草色だが、点々と斑のように色素が抜けて薄くなっている。
そんな病人じみた風貌の人影は草臥れた無地の深緑色のスーツを纏い、上着の下は所々に蝶が描かれた緑青のシャツ、その姿は何処からどう見てもチンピラヤクザ。
このチンピラヤクザの名は碧澤一心(ミドリザワ・イッシン)……ナリはアレだが青春真っ盛りの一七歳で、こんなナリでも彼は『勇者』なのである。
尤も、勇者の前に『元』が付くが。
結論から言えば、碧澤一心は異世界の住人である。
事の発端は一ヶ月と一七日前……家族との夕食の最中に、ファンタジーそのものといった異世界に一心は召喚され、現在彼が居る世界の情勢は平和とは言い難い。
この世界を創造した神・アザトースを唯一絶対の神と信仰する武装宗教組織『教団』。
アザトースと敵対する絶対悪・魔王を中心に人類を滅ぼそうとする『魔物』。
両勢力は日夜争っているが人間より身体能力等が高い魔物に教団は劣勢を強いられ、この劣勢を覆す為に一心は三人の義兄弟と共に召喚されたのだ。
だが、現実は違った……六〇年前の魔王の代替わりを機に、魔物は嘗ての名残を残しつつ見目麗しい美女へと姿を変え、同時に平和と人間を愛するようになった。
そして不殺を絶対戒律に同族は勿論、無闇に人間を傷付けるような事をしなくなった。
欲求に忠実な快楽主義者な点は玉に瑕だが、ソレを除けば平気で同族と殺し合う人間より遥かにマシな存在に魔物はなったのだ。
ソレを知らないのか、知っていても過去の怨恨から認めたくないのか、教団は魔物を悪と決め付け、『魔王、討つべし』を掲げて魔物に挑むのである。
つまり、教団は啖呵を切って魔物に喧嘩を売っては返り討ちに遭っているのだ。
結果、教団は自業自得で徐々に勢力を弱め、この世界は平和に向かって微速全身している。
一心が真実を知ったのは召喚から一ヶ月後、血よりも濃い情で繋がった義兄・赤尉紅蓮(セキジョウ・グレン)が真実を教えてくれたのだ。
真実を知った紅蓮は『力在る者は弱者を護る』という義父の教えに従って教団から離反、裏切り者である彼を教団は追っているが行方は未だ掴めていない。
義兄の裏切りから三日後―つまり、今現在―、一心は夜闇に紛れ、警備網の隙間を狙って脱走、その理由は勿論敬愛する義父の教えである。
『他者の正義を悪と断じる独善こそが最大の悪である』、魔物を悪と決め付け、己の正義を絶対と信じる教団に嫌気がさしたからだ。
教団も人間の集まりである以上は一枚岩ではないのは一心も分かっているが、彼を勇者に祭り上げようとしたネルカティエは独善の塊としか言えない。
ネルカティエは一五年前に陥落したレスカティエという宗教国家の奪還を当面の目標に、魔物の殲滅を目論む軍事都市である。
強固な防衛網、質・量共に最高クラスの軍備の前にレスカティエ奪還は失敗の連続。
何度も失敗した事に教団上層部はレスカティエの奪還を諦めたが、それでも諦めきれない一部の幹部が中心になってネルカティエを興したそうだ。
魔物は絶対悪、魔物は勝手に増えるゴミ、魔物は滅ぼすべき存在。
ネルカティエを束ねる王は勿論、前線で戦う兵士達も口を揃えて同じ事しか言わず、寧ろ彼等が口を開けばソレしか出てこない。
―戦争を仕掛けた側に正義が在るように、仕掛けられた側にも正義は在る
―仕掛けた側から見れば仕掛けられた側が悪であり、その逆もまた然り
―善悪は背中合わせ、どちらか片方しか持たない者は存在しない
―だから、『悪だけを殺す』なんて出来ないんだ
義父は一心にそう説き、幼い頃から何度も聞かされた言葉は彼の中に深く根付いている。
故に魔物を悪と決め付け、滅ぼそうとするネルカティエと一心は袂を別ったのだ。
「ふぅ、此処で一晩明かすとしますか」
ネルカティエと袂を別ち、夜闇に紛れて脱走した一心が降り立ったのは森の中。
風雨を凌げる場所さえあれば何処でも眠れる一心は保存食と換金用に『盗んだ』貴金属、着替え一式を包んだ風呂敷を提げた杖を肩に預けて夜の森を歩く。
「しっかし、樵の小屋もねぇってのは困りましたねぇ……」
この森がどの程度広いかは分からないが見渡す限り―当然と言えば当然だが―木々ばかり、夜目は利く方だが見える範囲では鬱蒼と並ぶ木々に一心は苦笑を浮かべる。
恐らく、樵の小屋も朽ちた木片の山と化している可能性が高い。
いざとなれば木の根元で寝よう、そう考えながら一心は一晩の宿を探して歩き続けた。
「……………………ぁ」
「…………?」
歩き続けている一心の耳にか細い声が
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4 5 6..
10]
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録