「お、『鬼』だ、鬼がいる……」
襤褸布が如き満身創痍の身体を引き摺り、阿鼻叫喚の地獄絵図を這い進む男が一人。
両膝があらぬ方向に曲がった足は足としての役目を果たせず、辛うじて無事な腕を使って男は地獄から逃げようと芋虫の如く這い進む。
男の周囲は酷い有様だった……生者は這い進む男以外に存在せず、骸が大地を覆い尽くし、流れ出た血が河のように流れる光景はまさに屍山血河。
一〇〇人近い部隊は『たった一人』の手で、この男を残して全滅した。
軍事用語での『全滅』は部隊の三〜四割を失い、部隊が機能しなくなった事を指す。
つまり、『部隊の全滅』と言っても最小で部隊の六割が生きている事になるが、この惨状は軍事用語での『全滅』に当てはまらない。
軍事用語上では生き残っている六割も全て―正確には一人生存している為、九割九分か―死に絶え、物言わぬ骸と化している。
まさに文字通りの全滅……天災に見舞われ、為す術も無く飲み込まれた町の如き惨状だ。
「何処に行くつもりだ?」
「ひぃっ!?」
這い進む男の背に足が踏み下ろされ、恐怖で歯を鳴らしながら男は背を踏む者を見る。
恐怖に震える男の背を踏む者は少女……『可愛い』よりも『凛々しい』が似合う端整な顔、ポニーテールで束ねた藍色の長髪、一八七センチという女性としては破格の長身。
臍の下辺りからスリットの入った空色の袖無しワンピース、手には指の出る蒼い革手袋、男踏みつける足には紺色の布地のジョッキーブーツ。
全身青一色の少女は男なら誰でも口説きたくなる美少女だが、全身に浴びた夥しい鮮血と血の臭いが整った容姿を台無しにしている。
「た、たす、助けてくれぇ!」
「貴様はそう叫んだ無辜の民を何人その手で殺したのだ? 少なくとも、十指に余る程は殺してきたのだろう?」
命乞いをする男を氷の如き冷たい目で見下ろす青い少女は、背を踏む足に力を入れる。
「ひ、ひぃ!?」
その足が出す力を男は知っている……鎧兜を紙屑のように砕いた足だ、ボロボロになった鎧を踏み抜くのは赤子の手を捻るより簡単だろう。
魔物を超えた地上最強の生物、そんな言葉が死の瀬戸際に立たされた男の脳裏に浮かぶ。
冷たい目で見下ろす血塗れの美少女は、そう表現するに相応しい威圧感を放っている。
「い、嫌だ! し、死にたくない! 俺は死にたくないぃ!」
死の恐怖から逃れようと男は四肢をばたつかせるが、背を踏む足は微塵も揺らがない。
それどころか、ジワジワと恐怖を煽るように力を強めていく。
「し、死にたく」
「死ぬがいい」
叫ぶ男の背を青い少女は無慈悲な言葉と共に踏み抜き、男は絶命する。
死んだ男から青い少女は足を引き抜くと、男の下の地面には一〇センチ程の深さの靴跡の形をした穴があった。
恐ろしいのは穴の周囲には『微かな罅すら無い』事……たった一人で一〇〇人近い部隊を全滅させた事もあり、この青い少女は想像を絶する鍛練を積んでいる事が分かる。
「全く、功の足りん連中だ……我(オレ)に挑むなら、せめて素手の貫手で鉄板を貫ける程の功を積んでくる事だ」
彼女以外の生者無き戦場跡で、青い少女は溜息と共に呟く。
その言葉、青い少女を知らぬ者が聞けば『そんな事が出来る者はいない』と言い、彼女を知る者なら肩を竦めながら『彼女なら出来る』と言うだろう。
事実、青い少女は車のドアを『素手で貫いた』事がある……而も、一度も事故に遭った事の無い新車同然の車のドアを、だ。
その細身の身体に、一体どれだけの筋肉を青い少女は詰め込んでいるのだろうか。
「さて、用も済んだ。迅速に帰るとしよう」
周囲を見渡し、己以外の生者がいない事を確認した青い少女は数度深呼吸をすると一気に走り出すが、その速度は人間が出せる速度を上回っていた。
ほんの数秒、瞬く間に青い少女は数十メートルの距離を駈け、その一歩は最早『走る』と言うより『跳ねる』と言った方が適切だ。
およそ人間として有り得ない、跳躍じみた疾走を見せる青い少女の名は藍香東(アイカ・アズマ)。
魔の為に悪を討つ、天才格闘少女。
×××
『く、うぅ……此処は何処だ?』
一ヶ月前の事だ……家族揃っての夕食の途中、耳鳴りに襲われた東は紫色の光に包まれ、気が付けば大人程はある大きな燭台が並んだ薄暗い部屋の中にいた。
『何だ? このファンタジー感漂う場所は?』
『確か、突然耳鳴りがして……』
『それよりも早く退いてくれ、流石に重い……』
周囲を見渡せば、顔の上半分を覆う鉄仮面を被った純白のスーツを纏う少年と淡い紫色の燕尾服を着た眼鏡の少年が、東と同じように周囲を見渡している。
その二人の下では、真っ黒な胴着を着た巨漢が上に乗っかる二人の体重で悶えていた。
『琴乃(コトノ)、武人(タケヒト)、堯明(タカアキ)!』
『ん? 東か、足りんな』
『義弟』三人を見
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