後編

「皆、慌てないで! 訓練通りに逃げるのよ!」
紅蓮がセイレム目指して飛んでいる時、そのセイレムではキザイア主導の下で住民が避難している最中だった。
現在、反魔物勢力内では一番の勢力と武力を誇るネルカティエの近くで暮らす以上、何時襲撃を受けてもおかしくない。
その為、今回のような事態に備えて定期的に避難訓練を行っていたのだ。
「これなら大丈夫、と言えないわよねぇ……」
力の弱い子供や老人を最優先に逃がす中、キザイアは眉を顰める。

夜行性のワーバット達に夜の見回りを頼んでいた事が幸いし、森を焼く炎はセイレムにはまだ届いていない。
だが、魔物の完全殲滅を謳うネルカティエの事だ、此方の避難を見越して避難経路に兵を配置している可能性が高い。
一応、セイレムでも手練れのリザードマンやマンティスを先頭に住民を避難させているが、ネルカティエの兵の前では心許無い。

知人の話では、ネルカティエの兵達は怖いもの知らずではなく『命知らず』、と聞いている。
『腕が
#25445;げようが、足が折れようが、頭を潰さない限り突っ込んでくる』、『その姿に夫も怖がって、暫く震えっぱなしだった』とも聞いた。
命を捨ててでも此方を殺そうとするネルカティエ兵に、不殺を本能とする魔物が勝てるかどうかが怪しいのに加え、その知人の話には俄かに信じ難い話もあった。
『鋼鉄の騎士巨人』、ちょっとした塔くらいはある巨大な騎士。
ソレが現れた時、ネルカティエ軍の襲撃を受けた村が一晩で跡形も無く壊滅したらしい。
五年前から大陸の親魔物派領各地で目撃報告が相次ぎ、アーカムの軍部はその騎士巨人の対策に追われているそうだ。
もし、正体不明の騎士巨人がセイレムに現れたら、正規軍人ですら手を焼く存在に一介の民間人である自分達に為す術は無い。

「そう言えば、サクィーアちゃんは? 誰か、サクィーアちゃんを見なかった!?」
住民を避難させている最中、キザイアは避難中の住民の中に佐久夜がいない事に気付いた。
佐久夜は火と高温に弱く、あまり動かない故に動きの鈍いアルラウネ……只でさえ男性を惹き寄せる蜜を湧かせているのだ、見つかればその場で殺されてしまうのが目に見える。
佐久夜が見えない事に気付いたキザイアは、共に避難誘導に当たっていた自警団の面々に彼女の事を聞くが誰も見ていないらしく、全員が首を横に振る。
「不味いわね……ゴメン、此処は任せたわ!」
誰も見ていない以上、キザイアは避難誘導を他の自警団に任せて佐久夜の捜索に出る。
腰の翼を広げ、橙色に照らされる夜空に向かって弾丸の如く飛び上がるキザイア。
間に合ってほしい、そう願いながらキザイアは夜空を翔ける。

×××

「げほっ、こほっ……だ、誰か……誰か、助けて……」
一方、逃げ遅れた佐久夜は周囲を炎に囲まれ、絶体絶命の危機に陥っていた。
熱が肌を焼き、煙が肺を痛めつけ、元々火と高温に弱い佐久夜は其処から動けないでいた。
助けを呼ぶ声も弱々しく、これでは誰かに届いているかどうかも怪しい。
―ガサガサッ……
「だ、誰? 助けてくれるの?」
不意に揺れる草むらに、誰か助けに来てくれたのかと思った佐久夜は声を上げるが、その希望は儚く潰える。

「ひぃ……!?」
草むらから現れたモノに、佐久夜は息を詰まらせる。
「んん? こんな所に生ゴミがいるな」
現れたのは見慣れない筒状の何かを手に、全身を隙間無く隠す奇妙な形の鎧を纏うモノ、くぐもっていて分かり難いが恐らく中身は人間の男性だろう。
もし、この鎧を紅蓮が見れば、『宇宙服と騎士鎧を混ぜたような奇妙な鎧』と評するだろう。
息を詰まらせ、恐怖でガタガタと震える佐久夜に、奇妙な鎧を着た男は兜の下で嗜虐的な笑みを浮かべる。
「汚物は消毒せねばならんなぁ?」
見慣れぬ筒状の何かの先端を向ける鎧の男に、佐久夜は恐怖で震えるばかり。
本能が悟る、あの見慣れぬ何かはヒトを殺す為の道具だと。
本能が悟る、あの奇妙な鎧纏う男は自分を殺すつもりだと。

「ヒャッハー! 汚物は消毒」
鎧の男が妙にテンションの高い声を上げ、見慣れぬ筒状の何かを構え直した。
「汚物は貴様だ、この大うつけがぁぁぁ――――!!」
「だぁ……アベシッ!?」
その瞬間、上から聞こえた声に鎧の男は思わず上を見上げると、視界一杯に靴の裏が迫る。
迫る靴に鎧の男は為す術も無く蹴り倒され、その勢いで中身の頭ごと兜が踏み潰される。
「ふん! 消毒されるべき汚物は貴様であろうが!」
「あ……」
頭を潰され、ピクピクと痙攣する鎧の男の骸、その上に邪鬼を踏み潰した仁王の如く立つ人に佐久夜は安堵の息を漏らす。
「佐久夜殿、無事か?」
佐久夜に振り返るのは、赤尉紅蓮その人だった。

×××

「佐久夜殿、無事か?」
「あ、うん……結構、危なかった、けど……」
佐久夜に振り
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