前編

「ぬぅ……一宿一飯の恩があるとはいえ、気が進まぬのぉ」
見るからに困りきった難しい表情を浮かべ、腕を組んで歩く一人の青年。
云々と唸りながら歩く青年を一言で表すなら、異様。
産毛の一本も無い禿頭は陽光で輝き、それなりに整った顔の左半分は炎を模ったと思しき紅い刺青が彫られ、筋骨逞しい一九三センチの熊の如き巨体を包むは真紅の神父服。
首に掛けた帯―何故か白い染料で般若心経が書かれている―もワインを思わせる深紅で、ネックレスのように首に巻かれた数珠もルビーの如き赤、と小物に至る全てが赤尽くし。
神父のような坊主のような和洋折衷のその姿は、その巨体もあって威圧感に溢れており、このまま人混みの中を歩けばモーゼの十戒宜しく人混みが左右に分かれるだろう。

「魔物を滅せよ、か……」
禿頭の青年の名は赤尉紅蓮(セキジョウ・グレン)。
唸る紅蓮が向かうのは、現在彼が世話になっている『ネルカティエ』近辺の森。
『魔物』が集落を作り、生活しているこの森はネルカティエにとって不愉快な存在であり、紅蓮はその集落を森ごと壊滅させろ、という命令を受けたのだ。
「ネルカティエ、実に不愉快極まる思想の持ち主よ……」
忌々しげに呟く紅蓮は歩く足を止めず、何故こうなったのかを思い出していく。

×××

『貴様達が異界の戦士か……一見しただけでは、戦いとは無縁そうな若者だな』
事の発端は一ヶ月前……夕食を取っている最中に耳鳴りに襲われ、光に包まれた紅蓮は、見るからにファンタジックな石造りの大きな広間に居た。
夕食の饅頭―勿論、食いかけ―を手に持ったままの紅蓮の前には、中世欧州を舞台にした映画にでも出てきそうな豪奢な服を纏った恰幅の良い壮年男性が一人。
豪華な椅子に座る男性の直ぐ横には紫色に染まった白衣を着た学者風の美女、その二人を挟むように純白に輝く鎧を纏い、槍を携えた兵士達が立っている。

『あぁん? 誰だよ、この脂肪一〇〇%のデブ親父は』
『貴様! 王に向かって何だ、その態度は!』
突然の事に戸惑う紅蓮の横で、黒革のツナギの少年が敬意もへったくれも無い粗野な口調で目前の壮年男性は誰だと問う。
無論、その敬意の欠片も無い態度に壮年男性の傍に立つ兵士達が一斉に槍を向ける。
『はっ! 槍向けられた程度で怯む俺様じゃねぇっての! 俺を怯ませてぇなら、股間の肉槍でも見せてみやがれ! ま、こんな所で包茎チ○ポは見せらんねぇよなぁ!』
だが、何本もの槍を向けられても怯むどころか嘲笑うように黒革のツナギの少年は挑発し、その下品な挑発に兵士達は顔を真っ赤にして一歩踏み出す。

『露骨な挑発はしない方がいいと思いますがねぇ』
『皆の者控えよ、無礼者に礼節を説くのは後だ』
一触即発の空気が流れる両者を止める二人……黒革のツナギの少年を止めたのは草臥れた緑色のスーツを纏う痩躯の少年、兵士達を止めたのは『王』と呼ばれた壮年男性。
『ちっ……』
『は、はぁ……』
二人の制止で黒革のツナギの少年は舌打ちしながら高級感に溢れる真っ赤な絨毯に胡坐で座り、兵士達は不満そうな顔で元の立ち位置に戻る。

『身内が無礼を働き、申し訳ありません。其方に控える方々の反応からして、貴方は高貴な身分の方だと思われますが……』
誰が相手でも絶対に態度を変えないのを知っているのか、苦笑を浮かべたモノトーンの服の少年が一歩前に出ると、品の良さを感じさせる動作で壮年男性の前で膝を付く。
『ほぉ? 貴様は其処の黒いのと違って、礼節を弁えておるようだな……如何にも、儂の名はゴールディ・アスハム・ネルカティエ、このネルカティエの王だ』
『黒いの』とぞんざいな扱いに憤って立ち上がろうとする黒革のツナギの少年を手で制し、モノトーンの服の少年は『話を続けてくれ』という視線を王に向ける。
『貴様達を呼んだのは、『魔物』を欠片も残さず滅ぼしてもらう為だ』
ゴールディと名乗った『王』の言葉に困惑する紅蓮達だが、彼等を無視してゴールディは話を続ける。

この世界は紅蓮達が住む世界とは異なる場所にある異世界。
この世界には『教団』と『魔物』、二つの勢力が日夜争っている。
この世界を創造した神・アザトースを唯一絶対の神として信仰し、『清く、正しく』という教義を貫く事を良しとする武装宗教組織、ソレが『教団』。
アザトースと敵対する絶対悪・魔王に従い、人を喰らい、人を堕落させ、人を破滅に導き、この世界を支配しようと目論む悪しき存在、ソレが『魔物』。
教団は魔物を滅ぼすべく活動を続けているが、一五年前に起きた『レスカティエ』の陥落と奪還の失敗から劣勢を強いられている。

レスカティエは教団勢力の都市国家の中で二番目の規模を誇っていたが、魔王の娘であるリリムの『奇襲』で陥落、奪還を試みるものの見事に失敗した。
教団の権威回復、レスカティエ奪還を目指
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