第参章 武闘家は落陽の如く恋に落ちる

私は何時から恋に落ちたのだろう?
私は何時からあの人に夢中になったのだろう?

分からないわ
分からないわ

分からない事ばかりだけど
一つだけ、分かっている事があるの

それは―――――

―武闘家は落陽の如く恋に落ちる―

此処はジパング……妖怪と人間が良き隣人として暮らす、小さな東方の島国。
自然に溢れ、その自然と調和する文化や街並みは、此処に住む私の自慢ね。
私は人里離れた山奥で一人暮らしをしている、修業中の武闘家。
武闘家と言っても、私は人間じゃないの……私はカラステング、大陸の方だとハーピーと呼ばれている妖怪と分類上は同じ種族って言われている妖怪よ。
私は自分が妖怪だという事に文句は無いわ、寧ろ誇りだと思ってるけど、実は自分の事で一つだけ文句があるの。
ソレは自分の名前……私の名前は黒鉄(クロガネ)、黒鉄って名前だけは少し嫌ね。
名前に「黒」を入れるのは御先祖様からの伝統だけど、流石に黒鉄は無いと思うわ。

私達カラステングは人里離れた山奥で修業を繰り返す、真面目な一族ね。
年に一度ある発情期の時は、流石に男の人が恋しくて攫ったりするけど、その時期以外は真面目に修行に励んでいるの。
時々住処の山の麓にある人里に降りては人間観察したり、悪人を脅かしたりしてるわね。
そんな私は、今……戦っているの。

「せやぁぁぁぁっ!」
私は、目前にいる一人の男と戦っている。
私は男が小石程に小さく見える程の高度まで飛翔、その頂点で反転、一気に急降下する。
「九爪震天(キュウソウシンテン)流 枯葉落(カレハオチ)!」
神通力―私達カラステングが持つ不思議な力で、大陸の方じゃ魔法なんて呼ばれてる―で加速された急降下蹴り、鎧を着ていても二、三本は骨をやられる覚悟は必要よ。
「……………!」
私が急降下してくる事に漸く気付いた男は、慌てて後ろに跳躍して枯葉落を紙一重で避け、枯葉落が避けられた私はそのまま着地、その衝撃で濛々と砂煙が立ち昇る。
「……非常識」
自分で巻き上げた砂煙の向こうから男の呆れた声、私はソレに苦笑する。
まぁ、言いたい事も分かるわ……普通に考えれば、あれだけの勢いで降下すれば私を中心に少し大きいヘコミが出来るけど、地面に足の形をした深さ五寸(一五センチ)程の穴があるだけだもの。
だけど、戦いに無駄口はいらないわ。
着地の衝撃で地面にめり込んだ脚を引き抜いて、私は地面すれすれの低空飛行で砂煙の中から飛び出す。

砂煙から飛び出した私が見た男の服は、何時も見ているのと変わらない。
一言で言えば巫女服……尤も、紅白二色ではなく黒一色の巫女服で、上は色が若干薄い。
男が巫女服なんて変だけど、男の話だと「お姉さんの趣味」らしいわね。
今、私が戦っている男は私が知る男の中では小柄な方、顔つきも中性的だから個人的には似合ってると思うの。

私は男とぶつかる直前、脚が男の胸の辺りにくる高さまで高度を上げてから、連続で蹴りを繰り出し、男は私の蹴りを拳で迎え撃つ。
「ふん! せい! たぁ! はぁぁっ!」
「………………!」
蹴りと拳の攻防は防ぎ、防がれ、の繰り返しで、互いに決定打を打ち込めないけど、ソレは想定内の事だから私は一切焦りを感じない。
けれど、このままでは千日手……だから、私はソレを切り崩す。
私は高度の維持で使っていた翼を、羽が抜け落ちそうな程に力強く振るい、羽を散らす。
抜け落ちた羽は男の視界を一瞬だけ晦まして、男が目晦ましと気付いた時、私は既に彼の背後に回っている。
「九爪震天流 種殻貫(カラヌキ)!」
男が私の声で振り返るよりも早く、私はその背中へと右脚を押し付け、押し付けた右脚の上から左脚を打ち込んだ。
種殻貫は鎧を着込んだ人間を即座に戦闘不能にする為に考案された技だから、その威力は推して知るべし、ね。
「…………っ!」
種殻貫をくらった男は吹き飛び、ゴロゴロと毬みたいに地面を転がり、転がりに転がって私達が戦っていた場所の近くにあった木にぶつかって漸く止まった。
今日も、私の勝ちよ。

「おんやまぁ、今日もクロちゃんの勝ちかい? 情けないねぇ」
「いやいや、婆さん、クロちゃんは天狗様だから、人間には荷が重過ぎるじゃろ。まぁ、天狗様相手にあれだけ戦えるんじゃから、大したもんじゃ」
「しっかし、二人が試合してるのを見ると、年甲斐も無く頑張ろうと思えてくるぜ」
何時の間にか、街に住む人達が集まって私達の戦いを見ていて、色々言っていた。
種殻貫を受けて気絶している男―名は佐東竜太郎(サトウ・リュウタロウ)と言う―と、私の戦い……「試合」は、今では街の日常として馴染んでいるわ。
私と竜太郎が試合をしていたのは温泉街・「ヤマト」の外れにある小高い丘で、此処に来るには一〇分程歩く必要があるのに、態々見に来るなんて、なんとも暇な人達ね
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