第壱章 死神は幼子の如く愛を求める

我が肉は生者の憎悪で出来ている
我が血は死者の慟哭で出来ている

我が骨は生者の憤怒で出来ている
我が魂は死者の怨嗟で出来ている

我は死神……生を疎み、死を齎すモノ

そう、思っていた

―死神は幼子の如く、愛を求める―

「…………」
先ず、視界に入ったのは見慣れない天井。
額に何かが乗っている感覚があり、ソレが何かを確かめようと右腕を動かそうとするが、力が入らず、それどころか、引き攣るような痛みが右腕から返ってくる。
試しに他の部分を動かそうと試みるが、答えは右腕同様、痛みが返ってくるだけだ。
痛みを感じるという事は、どうやら僕は生きているらしい。
「……ふぅ」
動かない体に溜息を吐き、僕はどうしてこのような状況に置かれているかを思い出すべく、過去を振り返る。
僕の名はアルト、アルト・カエルレウス。
教団の庇護下にあるプラニスという大きな街で小さなパン屋を営み、常連客で店を何とか経営している貧乏商人だ……表向きは。
僕には裏の顔がある……ソレは、教団お抱えの暗殺者。
人として正しく生きる事を善とし、欲望のままに生きる魔物を悪とする教団、孤児の僕は其処で暗殺者として育てられた。
暗殺者としての初仕事を任されたのは九歳の時、以来僕は暗殺者として数え切れない程の命を奪ってきた。
主な暗殺対象は親魔物派領の領主や貴族、当然魔物も対象内だ。
確か、今年で一九歳の筈だから、この仕事に携わってから一〇年程になる。
「……よし」
自分の過去は思い出せた、次は何故僕は動けないのかを思い出そう。
記憶が確かなら、大体三週間前に僕はジパング地方を訪れた。
訪れた目的は当然暗殺、ジパング地方に静養に来ていた親魔物派の要人の暗殺を命じられ、観光客という触れ込みで僕はジパング地方を訪れた。
人里離れた温泉宿に暗殺対象が宿泊しているという情報を得た僕は、その温泉近くに身を潜め、機を待った。
愛用の鎌を手に、息を潜め、気配を殺し、暗殺対象が温泉に入るのを僕は只管に待った。
妻である魔物と温泉に浸かりにきた暗殺対象を確認した僕は鎌を構え、獲物に襲い掛かる獣の如く飛び出した。
ソレが誤算だと気付くのは幾多も首を刎ねてきた自慢の鎌を止められた時で、暗殺対象の妻である魔物がマンティスだったのが運の尽きだった。
伴侶を得たマンティスは伴侶と共に生きる事を選び、その鎌は伴侶を守る為に振るわれる。
マンティスの鎌に僕の自慢の鎌は受け止められ、弾かれ、返す刃で僕はマンティスの鎌で胸を袈裟懸けに斬られた。
魔物は伴侶を傷付けられる事を物凄く嫌う為、傷付けた者、傷付けようとした者を一片の情け容赦も無く殲滅しようとする。
故に、殺意に燃える瞳を見た僕は、死を齎す暗殺者である僕は初めて死の恐怖を感じた。
初めての恐怖に怯えた僕は恥も外聞も無く、温泉の近くにある夜の帳に包まれた森の中へ逃げ込んだ。
執拗に追跡するマンティス、胸から血を流しながら森の中を逃げる僕。
「……んむぅ」
然し、幾等記憶を検索しても、マンティスから逃げた後の記憶が抜け落ちている。
消え去った記憶を掘り起こすより、現状を把握する方が有意義だ。
そう思った僕は、痛みで軋む身体に鞭打って起き上がろうとして
「あっ! まだ起き上がっちゃ駄目です!」
と、やんわりと押し止められてしまった。
誰だと思って視線を動かすと,色白とは言えない程に肌の白い女性が……否、訂正しよう、「魔物」がいた。
ジパング地方固有の民族服・着物を纏う魔物は、黒味がかった青い髪が印象的だ。
然し、その着物は余す所無く塗れて、ピッタリと肌に貼り付いており、何とも煽情的だ。
横にいる女性が魔物だと判断させたのは、その足元……辛うじて原型を留めてはいるが、その足元はゼリーの如く溶けている。
「ぬれおなご」、ジパング地方固有のスライム種だ。
尤も、知識だけで実物を見るのはコレが初めてだが。
「良かった、漸く目を覚ましてくれたんですね。一週間も目を覚まさなくて、私、ずっと心配だったんです」
僕が目覚めた事を、心底嬉しそうに破顔するぬれおなご。
然し、成程……一週間も寝ていれば、身体が軋むのも納得出来る。
「あっ、申し遅れました。私、ぬれおなごの一媛(イチヒメ)と申します」
そう言って、一媛と名乗ったぬれおなごは丁寧に自己紹介する。
「ぼ、ぼぐ、ば……」
「あっ、ちょっと待っててください。今、お水を持ってきますから」
一週間も寝ていた所為か、上手く喋れない僕を見た一媛さんは奥へ駆けだしていき、奥に行ったと思ったら、直ぐに戻ってきた一媛さんの手には病人に水を飲ませる為の水差し。
「どうぞ、お水ですよ」
そう言いながら、水差しをゆっくりと零れないように僕の口元へ近付けていく一媛さん。
僕はゆっくりと味わうように水を飲み、干乾びた喉を潤わせていく。
一週間振り
[3]次へ
ページ移動[1 2 3 4 5 6..8]
[7]TOP [9]目次
[0]投票 [*]感想[#]メール登録
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33