早朝の澄んだ空気は、まだ肌寒い。電子音が響き渡る前に、体が勝手に反応した。枕元に置いたスマートフォンを手に取り、アラームを止める。一限から講義がある日は、いつもそうだ。重い体を起こし、まだ薄暗い部屋の中でぼんやりと天井を見上げる。
(……最悪だ)
重い体を起こすと同時に、シーツを押し上げる自身の熱量にうんざりする。さつきに管理されるようになってから、俺の朝は毎度このありさまだ。冷たいシャワーでも浴びれば少しはマシになるかと、重い足取りでバスルームへ向かう。
冷たい水が肌を打つ感覚は、一時的に思考をクリアにするが、決して根本的な解決にはならない。体の芯に燻る熱は決して消え去ってはくれない。結局、諦めて体を拭き、大学へ行く準備を始めた。
パンをトースターに入れ、コーヒーを淹れる。日常の音が、少しでもこの焦燥感を和らげてくれることを願う。今日の一限は、彼女と同じ講義だ。そんなことを考えていると、玄関の方から微かな物音が聞こえたような気がした。気のせいか、と顔を洗面所へ向けた、その時だった。
「ピンポーン」
この時間に鳴るチャイムは、一人しかいない。諦めにも似たため息をつきながらドアを開けると、そこに立っていたのはやはり夜羽さつきだった。彼女は準備万端といった様子の涼しい顔で、俺の全身を値踏みするように、すっと目を細めた。
「おはよう。ぼーっとしてないで、早く行かないと遅れるよ」
彼女の声はいつも通り、どこかクールで落ち着いている。だが、その瞳の奥には、俺の些細な反応も見逃すまいとする、人間離れした鋭い光が宿っている。まるで森のフクロウが獲物を見定めるような、そんな視線だ。
俺は言葉もなく、ただ頷いて靴を履く。慣れた手つきで鍵を閉め、二人並んで家を出た。最寄りの駅までの道のり。
朝の澄んだ空気の中に、隣を歩く彼女から発せられる、あの甘い香りがふわりと混じる。それだけで、せっかく落ち着かせたはずの身体の奥が、また疼き出すのを感じた。
『はぁ……全く、三年生にもなったってのに、一限から必修とか勘弁してほしいよな。なんでよりにもよって、こんな朝早くに集中講義なんだか』
つい、口癖のように愚痴がこぼれる。隣を歩くさつきは、ちらりと俺に視線を向けた。
「ふーん、そんなに眠かったんだ? ……それとも、昨日の夜にムラムラして寝れなかったとか?」
彼女の声は、普段と変わらない平坦なトーンだった。だが、その言葉には、明らかに意地の悪い響きが含まれている。俺の顔が、瞬間的に真っ赤に染まるのを感じた。夜な夜な彼女に焦らされ、自慰すら許されない俺の状況を、さつきはよく知っている。そして、その爛々と輝く大きな眼で、俺の狼狽を楽しむかのようにじっと見つめてくる。その視線が、たまらなく悔しくも疼いてしまう。俺はぐっと言葉を飲み込み、俯いて足早に歩き出した。
隣で、さつきが小さく、しかし確実に、満足そうな笑みを浮かべたような気がした。
俺の隣に立つ夜羽さつきは、紛れもない美人だ。高身長で、並んで歩けば自然と目線が一緒になる。服とふわふわの羽毛の中からは、彼女のスタイルの良さが垣間見える。俺には勿体無い様な彼女だ。
大学のキャンパスでも、クールな雰囲気と知的な佇まいが目を引く。黒髪のストレートロングは、重めのぱっつんの前髪と相まって、どこか神秘的な雰囲気を醸し出している。
同じ学部で同じ講義を取っているため、大学ではいつも行動を共にしている。周りの友人には、ごく普通のカップルに見えていることだろう。しかし、その裏で彼女が俺に施している支配は、誰も知る由もない。
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夜羽さつきがオウルメイジへと変貌したのは、高校三年生の卒業式を間近に控えた、三月中旬のことだった。突然隣を歩いていた彼女の身体から、前触れもなく柔らかなフクロウの翼が芽吹き、親しんだ黒い瞳は、夜の闇さえ見通すかのような爛々とした金色へと変じていた。
どこか超越した存在へと変わってしまったのだ。この世界で魔物娘の存在は一般的なものだが、まさか自分の幼馴染が、魔物化するとは夢にも思わなかった。
「いや……っ、なに、これ……私の、身体……」
魔物へと変貌したさつきは、しかし、その超越的な姿とは裏腹に、ただひたすらに怯えていた。自らの腕に生えた柔らかな羽毛を信じられないもののように見つめ、その金色の瞳からは、大粒の涙がとめどなく溢れていた。その姿は、森の賢者などではなく、あまりにも過酷な運命を突きつけられた、か弱い一人の少女そのものだった。
俺は、自らの恐怖を押し殺し、泣きじゃくる彼女の肩を支えて家まで送り届けた。大丈夫だ、と何度も声をかけたが、その声が彼女に届いていたかは分からない。彼女の家のドアが閉まるのを見届け、隣にあ
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