リザードマンと黒衣の剣士

 リザードマン
 「ある学者が、偉大なる魔物娘図鑑に捧げる追加草稿」〈個人的設定〉

 主に洞窟などに住む種族である。
 洞窟内は自然の環境を残して住まうことを好み、大規模な改築などを好まない。洞窟内は水路を張り巡らせており、あちこちで洞窟性の魚類を育て、食卓にのぼらせる。
 洞窟は要塞の役目もあり、水路を船で移動する。船で移動できない区間では、船をかついで軽快に岩場を飛び歩く。
 これらの魚類は鱗などが退化した不気味な外見をしているが、良質な白身魚で、香草などと焼くときわめて上品な味わいの料理になる。
 また、洞窟内でキノコやコケを育てることもある。コケはいわゆる〈藻〉に近い植物で、天日によく乾燥させることで、香ばしい味の塊海苔となる。
 キノコ類は肉の代用品として頻繁に食卓にのぼる。さっぱりした味で、毒性もなくサラダにすることもできる。栄養が豊富で、穀物ほどではないが体に力をつけてくれる。リザードマンはこれを焼くことを好み、キノコを焼いて砕いた塊海苔をまぶして食べる。白いキノコに緑色がまぶしてある姿は、彩りがよい。
 彼女らは洞窟が散在する山岳地帯に住むことが多く、洞窟を中心に縄張りを持っており、その範囲内で狩りや採集を行う。洞窟が彼女らの家であり、家族の集合体である。
 彼女らの一族には冒険心に富む者がときおり現れる。もともとリザードマンは戦士としてきわめてすぐれた力量を持っているが、冒険心に富む個体は住まいで腕を磨くだけで満足せず、武者修行の旅に出る。
 そのあとは武技の腕を磨きながら諸国をめぐり、武に優れた気に入る男を見つけたら、勝負を挑む。彼女らは謙虚かつ質実剛健で、全力の勝負で自らを打ち負かした男を伴侶にする。
 こういった個体は旅先で名誉ある武勲を立てることも多く、夫を連れて故郷に戻った後、族長におさまることも多い。
 彼女らは非常にかいがいしく夫の世話をすることで知られており、元来世話焼きである。結婚後も二人で武術の鍛錬をすることを好む。夫婦の関係はさっぱりとしており、武人の名に恥じない生活をする。
 彼女らは謙虚でプライドが高いため、性交の時には初々しい反応を見せることが多い。性交しているときも冷静なことが多く、鍛えぬいた肉体で夫を愛することだろう。

「本編」
 とある親魔物国にて。
「おい、おまえ」
 その声は澄んでおり、凛とした響きを帯びていた。声は女性のものだ。だが、かなり気合のこもった声で、発声に長けている武人のものとわかる。
 まるで騎士が庶民に詰問するような調子で聞かれたので、黒い服を着た剣士はじろっと視線を持ち上げた。
 ここは酒場だ。さきほどまでは人々が、料理を肴に酒を楽しんでいたのだが、いまは声の調子が落ちて、ひそひそとこちらをうかがっているようだ。
 注目を集めているのだとすぐにわかり、剣士はため息をついた。
 彼は愁いを帯びた顔つきの、壮年の剣士だ。黒みを帯びた服装をしており、漆黒の髪や瞳とよく似あっている。日焼けして筋骨隆々の体つきを服は隠しきることができず、顔をまっすぐ斜めに走る刀傷が、彼の顔に凄みを与えていた。
 なかなかいい男だ。美男子ではないが、苦みのある顔かたちである。どこか疲れたような表情を浮かべているが、それは彼の魅力を減じる方向に作用していない。
「なんだ?」
 めんどくさそうに返事すると同時に、視界に女の姿が入った。
 引き締まった体つきの女だ。男はまず顔を見た。肌には何か所か刀傷があり、こちらを見つめる琥珀色の瞳は、ハ虫類のように鋭い。彼女は栗色の髪の毛を、後ろで簡単に結い上げている。肌は日に焼けており、旅を重ねていることがわかる。鱗と被膜によってできた耳の形から、人ではないことはすぐに分かった。
 彼女は擦り切れた旅装姿で、魔族が好む肌の露出が多めな恰好ではなく、革鎧にチュニック〈ゆったりとしたシャツ〉、ズボンという姿だった。彼女の手と足はトカゲによく似ており、緑色の鱗に覆われている。足の形ゆえに裸足だ。
 肩口などは露出しており、戦化粧のような鋭い模様が肌に刻まれている。大きな尻尾が生えており、床すれすれで持ちあがっている。
「おまえに勝負を挑みたい」
 気分が悪くなって、なんとなく視線を落とした。胸の大きい娘だ。大きいので革鎧が窮屈そうに見える。なんとなく気分がよくなったので、視線をさらに持ち上げて顔を見ると、きわめてまじめな表情でこちらを見つめていた。
「なんで、おまえさんと剣闘せにゃならんのだ。これからおれの料理が運ばれてくるというのに」
 抗議してみたが、女性はまったく取り合わず、こう聞いてきた。
「おまえは〈名声砕きのヴェルン〉だろう?」
「そうだよ。どこでその名前を?」
 ヴェルンは眉をひそめた。この女は過去に恨みを買った相手からの刺客だろうか。
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