魔物娘が艦隊に着任しました

 遡ること五日前。


「吹雪型駆逐艦一番艦・吹雪、本日より一週間以内にタウイタウイ泊地への転属を命ずる」

 日ノ本国防海軍舞鶴鎮守府・執務室。
 執務机に腰掛る、白い制服姿の若い青年は目の前に直立不動する一人の駆逐艦にそう告げた。
 吹雪と呼ばれた少女は呆然と、中将の肩章を持つ青年の顔を見る。
 顔の前で手を組まれ、軍帽を目深に被った状態では何も伺い知ることは出来なかった。


「泊地への移動にはこちらで手筈を整えてある。深海棲艦の影響下から解放された空域を空軍の飛行機でもってボルネオ島まで移動、そこから現地の漁船に乗せてもらい泊地まで向かうといい。艤装での移動は現地人への懸念と政治的な都合上許可が下りなかった、装備はこちらで輸送手続きを済ませておくから心配はいらない」

 吹雪は言葉が出ない。
 一体なぜ、何故私が『あの魔境』に?
 ましてやここに着任したばかりの私を……。
 ぐるぐると頭の中で疑問が渦巻く。

「あとは君の私物をまとめておいてくれれば結構だ。準備が出来次第私に報告へ来るように……吹雪君、聞いているのか?」

 舞鶴を治める青年……提督は語気を強めて吹雪を呼びかける。
 左隣に黙して立つ『秘書艦』の加賀型航空母艦一番艦・加賀に睨まれ、吹雪は納得がいかなくとも身体を震わせ返答するほかなかった。

「りょうかい、しました……」





 再び時を遡り現在。

 快晴の空、どこまでも続くような澄んだ海。
 地平の彼方をよく見れば、小さくぽつりと見える黒い島。
 どことなく禍々しく、黒く澱んで見えるのは気のせいだろう。

「はあ……空はあんなに青いのに。なんて、ね」

 憧れの先輩の言葉を借りて、本日何度目ともわからぬため息をつく。
 吹雪は木造漁船の縁に顔を置いて憂鬱に浸っていた。

「お嬢ちゃん、大丈夫かい? 酔っちゃったならしばらく船止めようか?」

 操舵室から、船の持ち主である褐色肌の男性が申し訳なさげに顔を出す。
 吹雪も思わず顔を上げて笑顔を返すが、どこか空回りしているような陰のある暗い表情を際立たせてしまうこととなった。

「あ、いえ大丈夫ですよそのまま向かってください。あはは、ごめんなさい心配かけさせてしまって」
「無理もないよ、お嬢ちゃん。たしかジパングからここまで一人で来たんだろう? それに今から向かう場所は確か……」

 男は半ズボンの尻ポケットに入れていた地図を広げる。

「タウイタウイ……ジパングから来た『カンムス』って娘たちが集まってる、海軍の基地がある場所だね。ひょっとしてお嬢さんも……」
「はい、私も艦娘です。名前は吹雪といいます」
「そっか、昼寝してるとこをじいさんに叩き起こされたと思ったら軍人さんに連れられた小さい女の子を差し出されたときにゃ仰天したが……あの背中の装備がないだけでこんなに違うもんなんだなぁ」

 わははと笑う漁師に吹雪も思わず苦笑いを浮かべる。
 提督から深海棲艦の襲撃はほぼないと言われてはいるが、それでも艤装もなければ護衛艦すらもいないこの状況にはある意味気が気ではなかった。

「まあそんな心配するこたねえよ。あのタウイタウイに艦娘さんたちが来てくれてから、ここら一帯はあの真っ黒い化けモンは全然出てこないんだ」
「そうなんですか」
「皆いい子たちだよ……ただ、なんというかまあ……」

 言いづらそうに口ごもる漁師。
 やっぱりあの噂のせいだろうか……吹雪は駆逐艦同士で語られている『噂話』を思い出す。



『タウイタウイ泊地に所属する艦娘は独自の進化を遂げている魔境である』
『そこは本土の手も届かない治外法権であり、現地の魔物が住み着いている』
『そこで保護・建造される艦娘は皆魔物によって改造されて恐ろしい怪物にされてしまう』

 どれもこれも聞くに恐ろしい話だが、極めつけはこれだ。

『ある日本土から艦娘が派遣された。そこで艦娘は噂の魔物と遭遇し、周りに助けを求めたがすでに提督も艦娘、憲兵すらも魔物になっていた。艦娘は逃げきれずに捕まって……そして二度とその艦娘が返ってくることはなかった』


「お嬢ちゃん顔真っ青だけどホントに大丈夫? 気分悪いなら無理しない方が」
「あっ、いいいえふぶきは大丈夫ですっ」
「そ、そう。とりあえずもうすぐ着くから頑張って」


 青年漁師の言葉に吹雪はこれから先どうなるのだろうと、不安に飲まれるのだった。




 それから十分後、木造漁船は民間用の埠頭へと停泊した。
 いよいよタウイに上陸する……吹雪は気が進まないながらも私物をまとめた背負い袋を肩にかけて船に降り立った。
 すると、二人の女性が吹雪に近づいてくる。
 一人は薄紅色の和服に紺色の袴を身にまとい、長い髪をポニーテールにしてまとめている。
 日本初の航空母艦
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