結晶する世界

「僕は・・・」
 静寂に満たされた室内で、セイジは胸の内でセリアの言葉を反芻し、自らに問うた。
(僕は・・・どんな顔をしていたんだ・・・?)
 彼女を哀しませ、今なおセリアを悲嘆させる数刻前の自分を掴みあぐねる一方で、セイジの醒めた部分が冷静に、偽らざる本音を語りかけてくる。
(・・・そうだ。あの時の僕は、悲しんでいた)
 セリアが涙する理由――それはセイジの目に悲哀を見たからではないか。
「お前は優しい男だ。私はそれを、誰よりも知っている。そんなお前が人間の境遇に心を痛めないはずがない」
 セイジは全て承知の上で雄蜂へと変貌した。だが彼らは無理やり捕らえられ、慰み者も同然に犯され、ホーネットの同胞へと変えられる。傍から見れば人としての尊厳を奪われるに等しい。
「お前を雄蜂にしたのは私だ。私は・・・お前を人ならざるものへと変えた・・・」
 情が面に痛ましさを刻み、セリアは目撃し理解してしまった。夫の悲しみを、その原因を作ってしまったのが誰か。
そしてセイジはあの瞬間、憐憫に顔を歪めた。ならば、カミラに翻弄される男を見たときに湧き立ったあれは――
「セリア・・・」
「――!」
 セイジは抱きしめた。腕の中のセリアを強く、しかし押し潰してしまわぬよう、能う限りの優しさを込めて。
「憶えているかい?僕と――」
 冷厳なる思考の芯が再び伝えてくる。
 男の似姿を。その言葉を。交接室で湧き立った感情の裏に潜むもの。それは――
「僕とセリアが初めて出逢ったときのことを」
 それは紛れもなく、失望であった。



 限りなく広い社会の片隅に、木原誠二(きはら せいじ)という少年がいた。
 いかなる理由が有ってのことか、両親はまだ幼い彼を置いて失踪してしまい、残された誠二は年老いた祖父母に引き取られた。
 幼子の養育は決して楽ではなく、祖父母は老いた総身を徐々に弱らせていったが、二人を真に苛んでいたのは養育の疲弊ではなく、彼らを取り巻く周囲の目だった。
 終ぞ真相を知ることのなかった両親の失踪の理由。それが祖父母と、誠二の後々の日々にまで付いて廻った。
 ある日、誠二は擦り傷と痣をこさえて家へと帰った。いつもの如く、祖父母から何があったのかを問われたが、笑い混じりに困った顔をして、転んでしまったと答えた。
 この返事を前に使ったのはいつの頃だろうと、また新しい訳を考えなくてはと誠二は思った。
 誠二は外に出るたびに、大人たちが陰口やくちさがない噂話を交え、遠巻きに自分を白い目で眺めているのを自覚していた。
彼らは誠二の見えない所や、ごくたまに向ける笑顔の陰で、誠二の両親について隣人同士で囁きたてる。内容は多種多様な醜聞が大部分を占めていた。噂は噂を呼び、元々定かではない真偽に尾鰭がついていくそれらは、やがて見え難い嫌悪と侮蔑の視線に変じて誠二と祖父母の周りを飛び交った。
 大人たちの見えざる拒絶は、意識しなければ苦しさを減じることができる。だが、目に見える排斥をしてくる者となれば話は別だ。
 誠二と同年代の子供たちは苛烈で、大人たちと違って直接的な手段で誠二を苛め抜いてくる。彼らは親や周囲の大人が誠二に対してする拒絶を、子供ならではの素直さで仕掛けてくる。
 ――親たちがやっているのだから、自分たちもやっていい。
 ――あいつの親は悪いことをしたから、罰を与えていい。
 徒党を組んで罵りながら、時に暴力を加えてくる彼らに、誠二は何の術も無かった。ただ嵐が過ぎるのを待つ無力な子供でしかなかった。
 生傷が絶えない日はなく、祖父母が待つ家に帰る誠二の後姿に、大人たちの冷ややかな視線が浴びせられる。すでに反抗という手段を放棄して無視を決め込む誠二には、何程のものでもなかった。
 反発しようものなら彼らはいくらでも陰湿になれる。そんなことになれば、祖父母の苦労が増すばかりだ。ならばせめて、自分だけは二人を心配させないようにしよう。表面だけでも笑顔を浮かべて安心させてあげねばと、誠二は決めていた。
 だがこの選択も、気休めにすらならなかったと誠二は考えている。
 傷だらけの姿に作り笑いを浮かべる誠二の顔を見る祖父母の瞳には、孫の境遇に対する無念さと、やり場の無い怒りと悲しみが渦巻いていた。それを見るたびに誠二は胸中で詫びていたが、どこかで空風が吹くような虚しさを感じていた。

 誠二が中学に通い始める頃、祖父母は他界した。心労で祖父が倒れ、その後を追うように祖母が亡くなった。残された誠二は伯父夫婦の家に身を寄せることとなったが、そこは安住の地とは程遠かった。
 遺言とはいえ、伯父たちが誠二を引き取ることを内心では歓迎していないのが分かったからだ。招き入れれば誠二が受け続けてきた、見えざる拒絶の巻き添えを食らうのでないかと恐れてのことだった。
 数ヶ月の
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