炎狼







またしても、クレメンス・ビスマルクは夢を見ていた。



どこかの神社、霧が深く、境内の正確な広さが計れないような神社だ。



「よう、また会えたな」




後ろから声をかけられ、慌ててクレメンスが振り向くと、見たことのある人物がそこにはいた。




「貴女はっ?!」




神楽殿の縁側のような場所に、あの赤い髪の少女が座っていたのだ。



「リミッター、なくなったみたいだな、もうお前さんは戦うだけの道具じゃねぇってことだな」



からから笑う少女、クレメンスはふと彼女に疑問をぶつけてみることにした。



極めて一般的ではあるが、ここに至るまで不明瞭だった問題、すなわち。





「貴女は、誰なのですか?」





クレメンスの言葉に少女は一瞬真顔で見つめ返したが、すぐさま破顔した。



「そうだなあ、場所場所で色んな呼び方をされてるけど、とりあえずは『cthuga』とでも名乗っとくかな?」



上手く聞き取ることが出来ない名前だったが、クレメンスはゆっくりと少女の名前を発音してみた。




「クトゥグア・・・?」



「おう、まあ、そんな感じの発音になるわな」


からからと愉快そうに笑うクトゥグア、しばらく笑ってから彼女は縁側から立ち上がった。



「お前さんに、と言うか、クローンたちにかけられてたリミッターは二つ、一つは精神制御、感情を抑制する処置さね」



クレメンスが感情を感じさせない言動ばかりだったのは、精神制御によるものだったのだ。




「も一つあったのは、問答無用で神族や教団を盲信すること、こっちは主に反魔物の精神誘導に近いわな」



エンジェルであるルミヤを敬い、魔物である輝夜を敵視していたのはそのためか。



「ま、二つとも今は外れちまったがな、もうお前さんは人間と変わんねーよ」



クトゥグアはクレメンスの近くまで歩いてくると、頭に被っていた狼の被り物を外した。



「リミッターを無くしたお前さんは、近々元の世界に戻ることになる、向こうに帰ったら、俺も力を貸すことになるさね」



素早くクトゥグアのほうに首を向けるクレメンス、その瞳は険しい。



「勝つか負けるか、正せるかそのままかは、お前さん次第さ、けどよ?」


クトゥグアが、被り物をクレメンスに被せると彼の頭髪は、燃えるような赤髪に変わった。


「俺はお前さんに賭けた、しっかりやりな?」



なんのことかはさっぱりわからない、だがクレメンスは口を開く前に、ゆっくりと意識が覚醒するのを感じた。











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目をさますと、クレメンスはゆっくりと身体を引き起こした。



「夢、か」



不思議な夢だった、あの少女、クトゥグアがまたしても現れるとは。



ただの夢とは思えない、人ならざる何物かが、何事かを伝えようとしているのか?


ベッドから立ち上がろうとして、クレメンスは何やら柔らかいものに手をついた。



「ん、あん・・・」




「え?」



手の下を見ると、クレメンスはいきなり絶叫しそうになってしまった。


「んん、おいたはダメよ〜、クレメンス〜」


何故か隣でルミヤが眠り込んでおり、クレメンスが手をついていたのは彼女の胸だったからだ。



飛び上がりそうになるのをなんとか堪え、クレメンスはゆっくり手を離そうとして、いきなり腕を掴まれた。



「むにゃむにゃ・・・」


完全に寝ぼけている、そのままルミヤはクレメンスの腕を掴んだまま彼を引き寄せた。



「うわわっ」


そのままクレメンスはルミヤに倒れこみ、形としては彼が押し倒したような状態だ。


「・・・(これは、まずい)」


どちらかと言うとルミヤはエンジェルというだけありどちらかと言えば、小柄なほうではある。


しかしこうして触れあってしまうと、何とも言えない弾力や、柔らかな感覚が伝わってくる。


とくんとくんと心拍数が上がる中、クレメンスはなんとか抜け出す術を講じようとする。



だが、こうもがっちり締められてしまえば、なかなか抜け出せない。


どうしたものか、じたばたとしていると、それがきっかけになってしまったのか、ゆっくりとルミヤの瞳が開き始めた。



開いた瞳はそのまま、ノータイムでクレメンスの顔を見据える、すぐ近くにあるから当たり前だ。



しばらくルミヤはキョトンとしていたが、やがて意識が覚醒するにつれて赤面しだし、瞳がゆらゆらと動き出す。



次の瞬間、絹を裂くような甲高い悲鳴と、凄まじいまでの張り手の音が香月邸にこだました。











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