今から八百年前のこと、北陸のとある港町に一人の少年がいた。
鎌倉幕府の動乱から逃れ、少年剣士睦月は旅の果てに、若狭の国、日本海側の港町に辿り着いた。
港町はつい最近まで戦乱があった影響からか、極めて排他的であり、また貧しい村だった。
しかし睦月にとっては絶好の修行場所でもある、彼は浅瀬にある洞穴で住み暮らし、日々剣術修行に明け暮れていた。
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睦月が来てから数年、新たな剣術流派の開眼間近であり、洞穴暮らしも慣れた頃、彼はふと町が騒がしいことに気づいた。
「なんだろう?」
普段は一日中洞穴にいるが、何やら気になった睦月は、港町へと行ってみた。
港町の中心にはたくさんの漁師がおり、それぞれ慌てたようにやんややんやと騒がしい。
「どうかしたのですか?」
漁師たちの中心に向かいながら、睦月は声をかける。
「あ、香月の旦那っ」
漁師たちの中央に辿り着くと、ようやく睦月は何故漁師たちが慌てていたのかわかった。
そこには美しい少女が倒れていた、艶やかな髪にきめ細かい素肌、しかしその少女は明らかに異形の姿だった。
足はなく、ウツボか、もしくは鰻を思わせるような長い尻尾が代わりに生え、耳にはこれまた水生生物のようなヒレがあった。
明らかに異形、間違いなく人間ではない。
「えれーもの釣り上げてしまったなあ・・・」
一人の漁師がカリカリと頭をかいた。
「どうする?、土御門さまに突き出すか?」
「いやあ、しかしこんな女の子をなあ・・・」
「女の子は女の子だけど、妖怪変化だろう?、なら関係ない」
何やら話しが進んでいく中、睦月はその少女が気の毒になってしまった。
たまたま若狭に出てきたがために釣り上げられ、生死を天秤にかけられている、あまりに無体ではないか?
「・・・僕が預かります」
睦月の言葉に漁師は一斉に彼の方向を向いた。
「睦月の旦那が?、しかしこの妖怪、何をするかわかりませんぜ?」
漁師の言葉に、ふるふると睦月は首を振った。
「この娘は何もしないさ、穏やかな瞳、邪気もないし、それに・・・」
睦月は人魚少女に笑いかけた。
「僕には妻がいません、彼女を娶るつもりです」
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浅瀬の洞穴の高台にある一つの岩窟には粗末な掘建小屋があり、そこを睦月は寝ぐらにしていた。
床に敷かれた筵に腰掛け、睦月は目の前でとぐろを巻く少女に自己紹介してみることにした。
「僕は睦月、香月睦月と言う、一月生まれだからみんなそう呼ぶ、君は?、どこから来たの?」
「はい、わたくしは百鬼(なきり)輝夜と申します、ジパング、水穂国から参りました」
ジパング、よくわからないが遠いとこから来たようだ。
「そっか、僕も蝦夷を出発して、都で剣術修行、それから若狭まで来たんだ」
お互い異国が故郷だね?、と睦月はカラカラ笑った。
「・・・あの、先ほどの件、本気ですか?」
先ほど?
「はい、娶るというのは、本当なのですか?」
輝夜はチラチラと期待するように睦月を見つめた。
「うん、嫌だよね?、まだ会って間もないし・・・」
「いえ、あの、別に睦月さまが嫌とかそういうわけではありませんっ!、少しびっくりしただけで・・・」
しばらく輝夜は黙っていたが、やがて口を開いた。
「あの、こんな身体でも、貰ってくれますか?」
「よろこんでっ!」
即答だった、あまりのことに、輝夜はびっくりしている。
「よ、よろこんで!?」
「うん、こんな美人の奥さん、こっちからお願いするとこだよ」
互いに筵の上で頭を下げ合い、なし崩し的に、二人は夫婦となった。
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「〜♪」
鼻歌を歌いながら輝夜は掘建小屋で料理を作る。
今、夫である睦月は村人の頼みで猪を退治しに行っているところだ。
睦月は強い、その剣術はまさに達人の領域、猪くらいでは相手にもならないだろう。
料理を作りながら、ふと輝夜は考えた。
睦月は若いながらもかなり優秀な剣士だ、場合によっては鎌倉や都に道場を建てることどころか、幕府の武術指南役にもなれるのではないか?
そんな時、自分は隣にいられるだろうか?
人ならざる人と出会っ
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