誰か、誰かいないの?
深い森の中、涼風は一人さまよい歩いていた。
右を見ても左を見ても違いがわからないほど深い森ではあるが、涼風には行くべき道が見えていた。
と言うのも森の奥から助けを呼ぶような不思議な声がしていたからだ。
ゆっくりと先へ先へ進んでいく、距離の感覚はとうになく、どれだけ歩いたかもうわからなくなる頃。
開けた場所で一人眠る少女を見つけた。
風鳴や水鏡と同じ、何やら露出の多い姿に土を思わせる褐色の肌、涼風は彼女の近くに跪いた。
「・・・夢?」
気がつくと涼風はウェルスプルの宿舎の自室にいた。
何やら不思議な夢を見た、褐色の肌の少女に導かれて森を進んでいく夢だ。
「そう言えば・・・」
風鳴と初めて出会った時もそんな夢を見た、あの時の夢とよく似ている。
ふう、と息を吐くと、涼風は身体を起こそうとして違和感に気がついた。
「・・・ん?」
まったく身体が動かないのだ、夢に引っ張られいたため気づかなかったが、ようやく今になって奇妙な感覚に慄いた。
右には風の精霊、シルフの風鳴、左には水の精霊、ウンディーネの水鏡、それぞれがそれぞれ涼風の近い方の腕を抱いて眠っているのだ。
「・・・(な、なんだこれは、どうなっているのだ)」
錯乱する頭に沸騰する心、かなりの力で掴まれているのか、振り払うことすら出来なさそうだ。
しかも抜け出そうと腕を動かすと、風鳴の未成熟故の柔らかい身体や、水鏡の清らかな妖精じみた肢体を否が応でも感じてしまい、平常心を保っていられなくなる。
「・・・(落ちつけ、ゆっくりと、すり抜けるように腕を引き抜いて)」
直後扉を何者かがノックした。
「おはようございます涼風卿、オリガです、お時間となりましたので参りました」
一瞬涼風は意識が遠のいたかのように感じた。
「お、オリガっ、少し待っ・・・」
「失礼します」
錯乱した涼風の声が聞こえ無かったのか、オリガはにこやかに部屋に入り、直後硬直した。
「なっ、なっ、な・・・す、涼風卿、何をされて・・・」
「ち、違う、誤解だっ、これは・・・」
「せ、精霊使いは力を行使するために、せ、性交しなければならないとは、き、聞いていましたが、げ、現場に出くわすなんて・・・」
あわわ、とオリガも錯乱しているようだ。
「し、失礼いたしました、ごゆっくりどうぞっ」
顔を真っ赤にさせながら、オリガは部屋から出て行き、後には唖然としている精霊使いとその契約精霊、オリガが置いていった食料だけが残った。
「・・・はあ」
とぼとぼと国立大図書館に向かう道を歩きながら涼風は何度目かのため息をついた。
『マスター、謝るからそんなに落ち込まないでよ』
後ろから不可視モードでこうなった元凶の二人の精霊がついてくるが、今涼風は相手をしているような余裕はなかった。
『そうですよマスター、わたくしたち契約精霊は、マスターの気分がよろしくないと、こちらまで陰鬱になってしまいますから』
ちらちらと顔色を伺いながら水鏡もそんなことを言う。
「・・・別に構わない、ただこれからは無断でベッドに入るのはやめてくれ」
大図書館に入る間際、涼風はそう呟いていた。
「おはようございます涼風卿、良い朝ですね」
大図書館に入ると、すぐさまオリガが駆けつけてくれた。
昨日と変わらぬ表情だが、ちらちらと涼風を気にしているのがわかる。
「おはようオリガ、今朝のことだが・・・」
「本日はより実践的な内容にお移りします、もっとも、卿にはご不要かもしれませんが」
弁解さえさせてもらえない、釈然としない感情のまま、涼風は大図書館の勉強室に入った。
さて、今日の内容はウェルスプルの学者が書いた『精霊学概論』、分厚い前後巻二冊が机の上に置かれている。
早速読み始めたが、途中の章句でふと手が止まった。
『稀ではあるが精霊使いは己の波長に合う精霊と無意識下でつながり、夢を見ることがある、受信する距離も最初は半径数メートルほどだが、精霊使いとしての実力を上げたものは、さらなる範囲で波長を受けることがある』
もしこの記述が確かならば、涼風が最初に見た風鳴の夢に続いて、二人目の夢を見たことになる。
どこかに、あの精霊がいるのだろうか?
ふと思い立って、涼風はオリガを呼んでみた。
「どうされましたか?」
「この界隈で左右がわからなくなるような深い森はあるかな?」
涼風の言葉に、オリガは考えながら答えた。
「断罪の森、でしょうか?」
断罪の森、オリガ曰くウェルスプル辺境にある森ではあるが、中は次元の境界があやふやになっており、魔王の居城のある真魔界や不思議の国といった場所にも通じている超危険地帯だ。
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