苦諦の章



「何故だ、何故こうなる?」

日本の青年、
#24973;門尸天(きょうもんしてん)はいきなり身の上に起きた事件に頭をおかしくしそうだった。


自分はついさっきまで怪しげな古書店にいたはずである、本棚にあった謎の巻物を開いたところ、いきなり光が走り、気がつけば砂漠のど真ん中にいた。


「人間がいる〜」

しかも今彼は追われている最中だった。


後ろからは身体の一部がおかしかったり、通常ではありえないような肌の色の美少女たちが追いかけてきていた。


こんな美少女たちに追いかけられるならば男冥利につきるというものでもあるのだが、貞操の危機を感じた尸天は本能的に走って逃げて現在に至るというわけだ。



「はあはあ、な、何だ一体・・・」

逃げても逃げても後ろから追いかけてくる美少女たちに、尸天は力尽きて倒れた。


「こ、これまでか・・・」


残念私の冒険は終わってしまった!、そんな単語がどこからともなく聞こえてきそうである。


「あら?」

「・・・え?」

声に顔を上げると、そこには両腕が翼になっている少女と踊り子を思わせるような装束の二人がいた。

おそらく翼の少女のものだろうか、なんとも言えない心が高揚する匂いに、尸天はクラクラしてしまった。



「・・・ふうん、君追われてるんだね」

値踏みするかのような目で翼の少女は尸天を見ているが、とうの尸天はそれどころの騒ぎではない。


「助けてほしい、もし助けてくれたならば私に出来ることならなんでもする」


「アルジュナ姉さん、何とか助けてあげられない?」

踊り子少女が翼の少女に話しかけるが、翼の少女のほうは先ほどの尸天の言葉を反芻している。


「何でも、ねえ・・・いいよ、助けてあげる、そこの荷物に隠れて?」

翼の少女が指差した先には小さな荷台があり、中にはたくさんの荷物が詰め込まれていた。



「恩にきるっ」

尸天はただちに荷台に隠れて、外の様子を伺う。


「不思議だ」

ちゃんと隠れられているかはわからなかったのだが、どういうわけだかすぐ近くにまで近付いていた少女たちは残念そうに四散していった。


「ん、もう大丈夫だよ」

少女は器用に荷物を横に避けて尸天が出易いように道を開けてくれた。


「ありがとう、助かった」


尸天の言葉に少女は軽く翼を振った。


「別にいいよこれくらい、けど注意してね?、この辺りは未婚の魔物娘が多いからさ」


魔物娘、先ほどの少女たちか。


薄々尸天も気がついてはいたのだが、どうやらここは完全に別の世界のようだ。


平行世界、まさか本当に存在するとは思っていなかった。


「うん、ところでさっき何でもするとか言ってたよねえ?」

翼の少女の言葉にぎくりと尸天は身体を震わせた。


「そんなアルジュナ姉さん、いきなりそんなこと言わなくても・・・」


「駄目よカルナ、こういう時にしっかり確保しておかないと」


アルジュナ、翼の少女は尸天を眺めるが、その瞳には危険なものが宿っていた。


「・・・姉さんはそういうの貪欲過ぎる、姉さんはガンダルヴァなんだからもっと愛情を持って人に・・・」


「わかってるってカルナ、けどどうするのか、それを決めるのは・・・」


ちらっとアルジュナは尸天を見た。

「この人だよねー、まさか男が一度言ったことをひるがえしたりしないよね?」


たしかに尸天は何でもすると言った、だがこのまま行けばまたしても貞操の危機を迎えるかもしれない。

山姥に追われて寺に逃げ込んだら、そこの寺は妖怪の住む寺だったというようなオチになりかねない。


「・・・一度言った以上約束は果たそう」

尸天の言葉にアルジュナは歓喜し、カルナは落胆したように表情を険しくした。


「ただし私はそこの・・・」

尸天はまっすぐにカルナを見据えた。


「カルナさんとやらの言うことを何でも一つ聞くことにする」


「はあっ?」

尸天の言葉にアルジュナは目を丸くした、どうやら自分が何かやらせる気満々だったようだ。


確かに何でもするとは言ったが、誰にとは言っていない、対象はアルジュナでもカルナでもどちらでもいいのだ。


「・・・そうですか、なるほど、正しい選択ですね」


カルナはにこりと微笑んだ。

「ちょ、ちょっとカルナっ、彼が助かったのは私の芳香のおかげなのに・・・」


「姉さんは黙っててっ」


すぐさま飛ぶカルナの一喝にアルジュナは押されて黙り込んだ。


「えっと・・・」


少しだけ考えた末にカルナは口を開いた。


「とりあえず名前を教えて貰っても良いですか?」





「私は
#24973;門尸天と言う、助けてくれてありがとう」

尸天の自己紹介に、カルナはたおやかに微笑んだ。


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