曇った空に強く吹きすさぶ風の中、静かにそのドラゴンは時が来るのを待っていた。
かつて落盤事故があった場所はいまや崩れ去り、天耀竜シャガが封印されていた洞穴は跡形もなく消え失せている。
彼女は長い期間あちこちを巡りながら青年を、ミズラフ・ガロイスを待ち続けていた。
いまやあの青年はたくましく育ち、シャガの幼体とならば渡り合える実力を備えている。
かつて自分をこの地に封印した英雄ミズラフ・ガロイスの子孫、故にあの日彼はシャガの封印を破ることが出来た。
英雄ミズラフ・ガロイスと似た魔力を持つからこそ彼がかけた封印に干渉し、これを解除出来たのである。
静かにシャガは待ち続けるが、その瞳は閉ざされたまま。脱皮をした段階ですでに『瞳』は現れているが最初に見るものは決まっていた。
「……(いよいよ今日、オウハは来る)」
根拠なぞ必要ない、シャガは感じているのだ。自分の宿敵がゆっくりと近づいてくることを……。
「……(来なさいオウハ、わたくしと戦いなさい)」
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強い風に煽られながらもミズラフは過去の記憶を辿り『禁足地』のほぼ中央、すなわちかつてシャガが封印されていた場所に向かっていた。
落盤事故に巻き込まれて出会ったシャガ、そこで彼女の封印の要であった剣を脱いたことを起点として、ミズラフの冒険は始まっている。
多くの人と出会い、たくさんの魔物娘と関わり、いくつもの経験をした。
全ては今日この日のため、天耀竜シャガと戦うためである。
「……見えた」
現れた天耀竜の姿は、かつて侵食竜ゴアと呼ばれていた頃の姿とは大きく変わっていた。
頭からは二本の巨大な角が生え、その特徴的な翼の先端には第三、第四の腕が備わっている。
総じて侵食竜の頃とは大きく変わっているが、もっとも変わったのはその身体を覆う鱗だった。
黒く、深い闇を思わせるような色をしていた鱗がまだ身体中を覆っているが、ヤマツミ村に飛来したと思われる白い鱗が身体のあちこちに見てとれる。
「……天耀竜シャガ」
ミズラフの言葉にいよいよシャガは頭をこちらに向けたが、まだ瞳は固く閉ざしたまま首のみを向ける。
「……待っていましたわよ、オウハ・クラウディウス」
侵食竜のときと同様、仮に視覚がなくともミズラフの姿を捉えることが出来るようだ。
「ヤマツミ村で会って以来になりますわね。貴方とこうして対面することを心待ちにしていましたわ」
ミズラフが静かに蛇矛を構えるとシャガもまた、ゆっくりと翼を広げて見せた。
漆黒の翼のあちこちには白金と黄金の鱗が現れ、さながらマダラ模様のような様相を見せている。
「ドラゲイ帝国の頃、貴方の先祖とわたくしはこの地で争い、その結果わたくしは封印されました」
シャガが話す間彼女の身体からはボロボロと鱗が落ちていき、それに伴って空間に満ちる威圧感も高まっていた。
「封印が解けてからは各地を巡り、様々な営みを見ながら『狂化細胞』を制御する術を身につけましたわ」
凄まじい風が吹き、シャガの前身を包みこむとともにその身体に纏う闇を吹き払うかのように鱗を吹き飛ばしていく。
「そして今、あの頃と同じように貴方はわたくしの前にいる。お互いにあの頃以上の力を伴って……」
瞬間シャガが咆哮するとともに一瞬だけ雲が切れ、満月の光が『禁足地』全域を照らした。
そしてわずかに残っていたシャガの鱗は全て飛び去り、いよいよ成長した姿をミズラフの前に晒す。
黄金と白金の鱗にまるで光そのものを押し込めたかのような光り輝く翼、闇を纏っているとすら感じられた侵食竜の姿とは対照的にその姿はまさしく光そのものだ。
満月の光に一瞬だけ照らされて光り輝くシャガの姿はある種神秘的な、触れるべきではない神の聖域にすら感じられた。
そして生まれてからこのかた、長く閉ざされていたその瞳を開いて初めてミズラフをその視界に収める。
「素晴らしい、この世のどんなものよりも、素晴らしい景色ですわ……!」
いよいよ周囲に満ちる気運は高まり、『禁足地』全域が戦場であるかのように空間は張り詰めていた。
「……行くぞ!」
再び雲が月を覆い隠して周囲が薄暗くなるとともに、ミズラフは蛇矛を手にシャガに挑み掛かる。
「いまやわたくしはこの細胞を制御し、支配する術を身につけていますわ」
地面のあちこちから禍々しい光の柱が次々と伸びては消えていくが、感覚的にはシャガが纏う気運によく似たものだ。
「『狂化細胞』の攻撃への転用……!」
「ご明察、半径数メートルはわたくしの射程、どこにいようとも大気中の細胞を収束さ
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