ミズラフが泊まる宿屋の隣には主に旅行者のために食事を提供するレストランがあるのだが、それなりに遅い時間にもかかわらず席は混み合っていた。
「いらっしゃいませ」
出迎えてくれたレストランの店主は、隣の宿屋で主人をやっている女性の双子の妹らしく、そっくりの外見をしている。
「常連ばかりで悪いわね。今日は近くのお屋敷で結婚式と披露宴があったものだからその二次会で、ね?」
「いえ、俺は特に気にしません。今からでも入れますか?」
ミズラフの問いかけにワイバーンの店主は軽く店内を見渡してみてから、少し困ったように微笑んだ。
「相席でいいならすぐに案内出来るけど……」
「構いません。そういうのも旅の醍醐味です」
話しはまとまった。店主はすぐ近くの席で一人酒を呑んでいた青年に一言断ると、彼の向かいの席にミズラフを案内する。
「……(竜騎士、か)」
席に着いたミズラフが最初に目にしたのはその青年の外套。外身は雪に反射する月光のような美しい銀色をしているが、内側は燃え盛る火炎の如き真紅の赤だった。
随分昔総主教にドラゴニア竜騎士団に所属する騎士たちはみな竜女王デオノーラのドラゴンブレスから精製された外套を身につけていると聞かされたことがあったが、実物を見るとまるで炎の権化と相対しているかのような気分になる。
「……旅行者か、すまねーな。相席になっちまって……」
グラスいっぱいに満たされた酒を豪快に一息で飲み干してから、青年は微かに口元を歪めた。
「俺はダムド・ディオグレイス、ドラゴニア竜騎士団で騎士をやってる」
「俺はミズラフ・ガロイス。ヤマツミ村から役目があってドラゴニアに来た」
何か通じるものを感じたのか、ダムドは霊峰からの旅行者に向かって右手を差し出し、少しだけ逡巡してからミズラフのほうも若きドラゴンライダーの手を握る。
ダムドの鍛え抜かれたその右手は見た目よりも大きく、長い修練と戦いを切り抜けてきた無骨な戦士のものだった。
「随分鍛えてるな、蛇矛を使うのか?」
ミズラフの右手に残るタコやマメの痕、さらには彼のすぐ近くに置かれた蛇矛を見ながらダムドはそう呟く。
「ああ、ヤマツミ村の総主教に伝授されてな。この武器は俺の友人が作ってくれたものだ」
「ほー……。滅茶苦茶良い武器じゃねーか。お前の友人は人間国宝か何かなのか?」
「鍛冶屋だ。しかし単なる鍛冶屋ではなく、魔法の素材を扱うことに長けている」
ここにはいない幼馴染、ダルクア・バルタザールの技術を褒められ、ミズラフは我がごとのように喜んだ。
「ふむふむ、いつか俺もこの蛇矛を作った鍛冶屋に会ってみてーもんだな……」
「はい、おまちどおさま」
ワイバーン店主が肉と野菜を炒めた料理と、そこそこのサイズのグラスに注がれた赤いワインを持ってテーブルに現れた。
「ダムドさん、また呑みすぎるとあなたの小さな奥さんが心配するわよ?」
「嫁じゃねーよ。友人から託された我が相棒だ。互いに敬意を払ってしかるべき相手でもあるけどな」
ワイバーン店主はダムドの言葉にやれやれといったように肩をすくめてから料理をテーブルの上に置いたが、入り口が開く音がしたためそちらに目を向ける。
「……珍しい姿の、バフォメットね」
入り口から入ってきたのは浅葱色の毛皮に捩くれた角を持つ幼い体躯の魔物娘。四肢は山羊を思わせるフカフカの毛皮に覆われ、その肉球から発する可愛らしい足音とともに店の中へと入ってきた。
バフォメットはその幼い姿とは裏腹に、その身体には凄まじい魔力を秘め、魔女やファミリアの集うサバトの中心人物となれるカリスマを持つ魔物娘である。
長き時を生きたバフォメットの中にはリリムやリッチにすら肉薄する叡智の持ち主もいるらしいが……。
「いらっしゃいませ、相席でも……」
「構わぬ、そちらの竜騎士と同じ席で良いな?」
紅玉を思わせるワインレッドの瞳に浅葱色の毛皮、古の悪魔を思わせるその異質な佇まいは闇に落ちたが故の姿か、あるいは天性のものか。
「久しぶりじゃなダムド。ラガシュの水は合わなかったとは聞いておったが、竜騎士になるとはおもわなんだぞ……」
「……なんでー、誰かと思えばラケルか」
どうやらダムドはこのバフォメットと知り合いだったらしい。慣れた調子で椅子を引くと、ラケルと呼ばれたバフォメットはダムドの隣に座った。
「ダムドの知り合いか?」
「ああ、俺がガキん頃実家で家庭教師をやってた……」
「ラケル・メルキオールじゃ若人よ。普段はレスカティエで研究しておる」
ダムドの恩師、否深く考えないほうが良い、魔物娘はその外見と年齢が必ずしも比例しているとは限らないからだ。
それにしても家庭教師とは、その豪放な立ち居
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