チョコと蜘蛛と白い糸
三方向から煌めくステンドグラスは、そこに描かれた古の聖人を思わせる神々しい光でもって神を祭る神殿を柔らかく照らしている。
朝早い時間であることを証明するように、普段ならば人でごった返しているその礼拝堂も私以外に人はいない。
基本的に孤独を好み、他の修道士からも変わり者扱いされることが多い私にとって、この朝の時間の礼拝堂は貴重な、一人になれる時間である。
美しい光の中、私は今日という日に殉教した古の聖人を思いながら祈りを捧げた。
「『・・・賛美と感謝のうちに、アーメン』」
短い文句を唱え終わると私は先ほどまで開いていた分厚い書物を閉ざして脇に避け、新鮮な空気を吸うことで心を静かに保ち、まず額に指をかざす。
「父と」
そのまま指をおろして胸のあたりまで辿り着くと、また私は微かに口を開く。
「子と」
今度はその指を左肩にまで持ってきて一呼吸で唱える。
「聖霊との」
「みなにおいて」
右肩に指を添わせようとして、私は突如後ろから文句の続きを言われてしまい閉じていた瞳を開く。
「・・・やはり、来ましたか」
私が座っていたのは痛ましい姿で古代の救世主が磔にされている十字架のすぐ前の席。
対して「みなにおいて」という幼い少女の声が聞こえてきたのは礼拝堂の入り口、すなわち私の後ろ四十メートルほど後方だ。
「久しぶりねニンゲン、元気にしてたのかしら?」
ペタペタと素足が磨かれた石に触れる音がして、ゆっくりと声の主が近づいてくる。
「わざわざこんな朝早くに一人でいるだなんて、もしかして私に会いたかったのかしら?」
勝手な声が聞こえて来る、この感じだと私のいる席の二つ三つ後ろの列にまで歩いて来たか?
「私がいつもこの時間にいるのは知っているでしょう?」
足音はすぐ近くにまで来ると、そのまま私の後ろの座席に座る。
「こっち見てよ」
「嫌です、見たら貴方、『こんな幼女の肌が見たいの?、変態』などと言うつもりでしょう?」
私はうっ、と後ろの席で少女が詰まるのを察して気分が密かに高揚するのを感じた。
私に少女を虐める趣味はないが、今後ろにいる人物に関しては別物である。
「貴方の趣味につきあっている暇はありませんし興味もありません、お引き取りを」
私は脇に置いていた『聖務日課』を持つと、座席を立ち上がって少女の姿を確認せず、出入り口にまっすぐ向かう、面倒になる前に一刻も早く立ち去りたかった。
「ま、待ちなさいよっ!」
「待ちません、貴女も大概しつこい人ですね」
近くを通れば袖を引っ張られそうだったため、わざわざ座っていた場所よりも遠いほうの通路へと向かう。
「こっち見なさいよっ!、だいたいなんであんたはアタシの毒を受けても平気なのよっ!」
平気だったわけでない、未知の感覚にとまどってしまったし、実際私でなければ危なかったろう。
なおも無言で離れようとする私に、少女は近づこうとする。
「待ちなさいよっ!、って、あっ!?」
ツルリという擬音が聞こえてきそうなほどに見事な滑りっぷりだったようだ。
見えはしないのに何故わかるかと言うと、私の後ろで少女の悲鳴が聞こえたかと思うと、石と石がぶつかり合うような音がして、すぐに痛そうなうめき声が聞こえてきたからだ。
「い、痛い・・・」
無視して立ち去ることも出来たのだが、傷ついた少女を見捨てたとあれば後味がよくないし教義にももとる、例え相手が『魔物』であっても、だ。
「仕方ありませんね」
私は踵を返すと、跪いて呻き声を上げる少女に近づき、腰をかがめる。
「ほらほら、見せてください」
どうやら打ち付けたのは右膝のようだ、盛大にこけた音がしたにも関わらず血は出ていないし痣にもなっていない。
「すぐに痛みも引くでしょう、立てますか?」
よせば良いのに私は正面からその少女を見てしまった。
「くす、こんな幼女の肌が見たいの?、変態ね」
先ほどまでの暗さは何処へやら、長い髪に薄暗い瞳のその少女はクスクス笑っている。
身体には紫のニーソックスと真っ平らな胸を隠す服以外は身につけておらず、白い肌に微かに浮かぶ肋骨、その下にあるほっそりした臍、微かに湿り気がある下腹部、未成熟な少女の半裸体が神聖な礼拝堂に晒されると、なんとも背徳的だ。
「はあ、やはりこうなりますよね・・・」
アトラクナクアと呼ばれるその魔物娘は心底心配した私に対してクスクスと笑っているが、その眼に悪意はなく、悪戯が成功した子供のような表情をしている。
「まったく、貴女という人は・・・」
屈託のない笑みに、私も苦笑いしながら彼女と出会った日のことを思い返していた。
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