凄まじい嵐の夜である。
主神教団教皇、リノス二世は教会本部に担ぎ込まれて来たその青年を見て眉をしかめた。
その青年、全身をまるで巨大な獣に衝突されたかのようにぼろぼろにし、両手も不自然な方向に曲がっている。
「教皇聖下っ!」
しばらくリノス二世は難しい顔をしていたが、すぐさま患者に近づくと、聖魔術を惜しみなく使用し、怪我を治していく。
教皇であり、教会本部一のウィザードでもあるリノス二世の魔術は超一流、患者からはみるみる怪我が消えていく。
怪我が治り、顔色も良くなったが患者は未だ目覚める気配はない、リノス二世は部屋から出ようとして、何かが滑り落ちたことに気づいた。
「?、これは、身分証か?」
この世界には存在しないもののはずだが、リノス二世には見覚えがあるような品だ。
『皇都大学 文化人類学部
講師 八十嶋倭文』
「ヤソシマ、シトリー?」
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「異端だな」
リノス二世は謁見の間で青年、八十嶋倭文の言葉を聞いて一言だけそう告げた。
「わかってはいます、しかし私には魔物を斬り捨てるという考えはどうにも理解しきれません」
八十嶋倭文、一年前教会本部直轄地にて大怪我をしていたところを運び込まれた青年。
すでに彼は教会本部にて学習を進め、十分に学者らしい知識を備えているとリノス二世は判断していた。
「アミア、君は倭文の意見どう考える?」
リノス二世はすぐ近くにいる護衛の姫騎士、アミア・クリティアスに意見を求める。
「言語道断、下等な魔物は即座に斬るべきです、そんな魔物を諭し、人間らしい教育を与えるなど、百害あれど一利はありません」
はーはー、としばらくアミアは息を荒げていたが、それが静まるのを待ってからリノス二世は口を開く。
「なるほど、倭文、君は今の意見にどう応える?」
「はい、主神さまはあまねく生命に命を吹き込んだと聞いています、人間だけでなく、全ての生命に・・・」
倭文の言葉に、何度かアミアは口を挟もうとしたが、その都度リノス二世は彼女を制し、言葉を促す。
「魔物娘もまた主神さまの命を授けられた生命のはず、すなわちどんな生命も人間らしく、文化的に生きる権利があるはずです」
「笑止千万、八十嶋倭文っ!、恐れ多くも教会本部の、いやさ教皇聖下の世話になりながら魔物に与しようとはいかなる了見かっ!」
手討ちにする、そう鼻息も荒くアミアは腰に下げた剣に手をかけた。
「辞めよアミア、神聖なる教会本部で剣を抜くつもりか?」
静かに、諭すように告げるリノス二世に、アミアはバツが悪そうに柄から手を離した。
「倭文よ、君の言葉はよくわかった、魔物娘たちに人間らしい教育を与え、大人しくさせようと言うのだな?」
「はい、殺しあいをする必要がない、そんな政策を私は提唱します」
魔物娘たちと関わり、彼女らに様々な価値観を教えていけば、戦う必要はなくなるのではないだろうか?
もっと言えば、ドラゴンやリリム、白澤などは明らかに人間よりも高い知識を備えているはず。
そんな魔物娘と関わらずにいるのも、勿体無い話ではないだろうか?
「狂気に囚われたか八十嶋倭文っ!、そのようなことを教皇聖下が許されるはずが・・・」
「よろしい、八十嶋倭文、許可しよう」
リノス二世の言葉に、アミアは唖然とした表情を教皇に向ける。
「き、教皇聖下っ!?」
「辺境の地ケラスムコルリスは数年前の飢饉以降すっかり魔物娘の巣窟になっている、そこで教師をやってみよ」
意外なことに教皇からの直々の勅命がおりた、倭文は深々と頭を下げる。
「感謝いたします、教皇聖下」
「うむ、早速発つが良い、そなたに主神さまのご加護があらんことを・・・」
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教皇との会見が終わると、すぐさま倭文は自室に戻り、荷物をまとめ、出発する準備を整えた。
「いよいよ、か」
大きな鞄の中には無数の着替えを詰め込み、さらには自分の愛用の筆記用具、いくつもの書籍も忘れずにいれておく。
ケラスムコルリス、かつては『桜の丘』と呼ばれるほど美しい桜の咲き誇る街だったが、今はどうなっているのか。
ふと気になった倭文は、机の上に置いていた危険地帯の纏められた本を手に取
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