朝になると、緯度は窓から差し込む光に起こされた。
「ん?、もう朝か」
ベッドから起き上がり、瞳をこすっていると、すぐ近くで眠っていたはずの相棒の姿がない。
「妹喜?」
名前を呼んでみると、窓にかかっていたカーテンの奥から微かな物音がした。
「うむ、おはよう緯度、良き朝じゃな」
にこりと微笑む妹喜、いつにも増してその表情は明るい。
「妹喜?、どうかしたのか?」
「緯度、気づかぬか?、どうやら妾たちが眠っている間に、物語が進んだようじゃぞ?」
物語が進んだ?、なんのことかさっぱりわからないが、昨日の影のことか?
「ともかく緯度よ、今日の良き日に、乾杯」
前足を掲げて何やら乾杯の仕草をする妹喜、軽く肩を竦めると、緯度は着替えを済ませて自室を後にした。
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茶の間には珍しいことに、すでに理梨がおり、何やらテレビを眺めている。
「おはよう理梨、良い朝だな」
返事を期待したわけではなかったが、意外なことに理梨は緯度のほうに視線を向けると、微かに顎を引いた。
「ははっ、ようやくお兄ちゃんに心を開く気になったかな?」
「うっさい馬鹿兄っ!、ひっつくなっ!」
理梨がぶん投げたリモコンをキャッチすると、緯度は食パンを二枚トースターにセットした。
「(くっくっく、相変わらずのツンデレじゃな)」
肩の上からまたしても妹喜はひそひそと緯度に耳打ちをする。
「(ほっとけ、しかしこんなので良いのか?)」
「(うむ、もう間もなく答えは出る、くっくっく、このツンデレも見納めか)」
よく分からないことを言う妹喜、緯度は焼き上がったトーストにバターを塗ると、食卓についた。
「おっはようっ、緯度くん」
まったく気配を感じさせなかった、いきなり緯度の背後に何者かが抱きついた。
「って、明日奈か?」
いつの間に家に入り、さらには緯度の背後に回り込んだのか、おそるべき早業である。
「うん、私だよ?」
しかし、一夜明けて随分と元気になったようだ。
休んだからか、顔の肌ツヤも良く、髪もサラサラと美しく、まるでこの世ならざる魔性の美しさを、清楚なまま手に入れたような、そんな色気があった。
それより何より、こうして後ろから抱きつかれていると、女性らしい柔らかさが背中につたわり、平常心でいられなくなるのだが。
おかしい、明日奈はこんなに積極的な少女だっただろうか?
「(くっくっく、緯度よ、随分懐かれておるのう・・・)」
「(妹喜、君はこの変化の原因に思い当たる節があるのか?)」
なんとか明日奈を背中から引き剥がし、そんなことを緯度は妹喜に訊ねる。
「(無論じゃ、この変化こそが物語が新たな局面に入った証じゃ)」
妹喜の言うことはいまいちよくわからないかが、とにかく物語そのものは問題なく進んでいるようだ。
「ねね、緯度くん、今日放課後暇?、暇ならさ、どこか行かない?」
トーストを食べる間も明日奈は緯度に話しかけている。
「う、む、まあ、時間がないこともないのだが・・・」
あまりの勢いに圧倒され、つい緯度はそんなふうに答えてしまった。
「もう、静かにしてくださいっ!」
甲高い抗議の声に、一瞬にして茶の間が静かになる。
「理梨?」
ふー、ふー、と肩で息をしながら、理梨は顔を真っ赤にして緯度と明日奈を睨んでいる。
「・・・すまんな、うるさくし過ぎたな」
目を伏せ、謙虚に謝罪する緯度だが、どうやらそれが癇に障ったのか、理梨は鞄をつかんで家から出て行った。
「・・・理梨」
しゅん、と理梨の出て行った扉を見つめる緯度に対して、明日奈の瞳は、どこか妖しく、輝いていた。
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「何なのよっ!、あの馬鹿兄貴、デレデレしちゃってさっ!」
通学路をずんずん進んでいく理梨、あまりに堂々と道の真ん中を歩いているため、周りが避けるような状態である。
夜麻里理梨は、腸が煮えくりかえるほどにイライラしてしまっていた。
原因はよく分かっている、朝の緯度と明日奈の態度である。
幼馴染の少女にボディタッチをされてヘラヘラと、思い出すだけで怒りが増してきそうである。
「何なのよ、もうっ!、私ですら馬鹿兄貴とまともに話してないのに・・・」
そこまで呟いて、理梨ははてな、と頭を傾げていた。
自分はだらしない兄貴と、急に懐いてきた明日奈に怒り
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