昔々のある時、ある日、ある海岸、一匹の亀が流れ着きました。
「ううっ、お腹すいて、もう動けないよ〜」
海和尚と呼ばれる、亀の姿をした可愛らしい魔物娘です、しかし非常に残念なことに彼女は泳ぎ疲れて、海岸に打ち上げられてしまったのです。
「誰か〜、誰か助けて〜」
などと叫んでみますが、誰も通りかかりません。
しばらくして、そんな人気のない海岸にたくさんの男たちが通りかかりました。
金髪にてらてらと日に焼けた肌の、見るからに柄が悪そうな若い男たちです。
「お?、なんかいんぜ?」
にやにやしながら近づいてくる男たち、びっくりした海和尚は、甲羅の中に引っ込んでしまいました。
「んだよ、こいつは?」
「でっけー海亀だな」
「港に持っていったら高く売れるんじゃね?」
などと勝手なことをいろいろとのたまう男たち、海和尚は甲羅の中でブルブルと震えていました。
海和尚は知りませんでしたが、この海岸は実は反魔物に近い思想の港町、当然この若者たちもそうでした。
「おらおら、出てきな」
げしげしと甲羅を蹴りはじめる男、甲羅は案外丈夫で、実は原子爆弾の直撃を受けても平気なのですが、海和尚は恐怖で震えてしまいます。
「ちっ!、なら運んで売りさばいてやろうぜ?」
一人の男がそう言うと、何人かが海和尚を担ぎ上げようとしました。
「重っ!」
しかし海和尚の恐怖心が甲羅にも伝わっており、無意識的に発動した魔法の作用で、とんでもない重さに変わっていました。
「ちっくしょー、魔物の分際で・・・」
「おい、どうすんだよ?」
元々さほど頭がよろしくない方々、誰一人として彼女に危害を加えたりしたら、大きな災いが跳ね返ってくることに気づく者はいませんでした。
「おらっ!、出てきやがれっ!」
男たちはまたしても甲羅を蹴り、さらには『入り口』に枝をつっこもうとしましたが、出てくる気配はありません。
しびれをきらした男たちは、全員で甲羅を掴むと、海和尚をひっくり返してしまいました。
「へっ!、ざまあみな」
「人間さまに逆らうからこうなんだよっ!」
ゲラゲラ笑いながら(DQN)男たちは去り、後には仰向けの亀だけが残りました。
「・・・(ど、どーしよ、起き上がれないよ〜)」
なんとか動こうにもその場をくるくる回るだけ、海和尚は途方に暮れてしまいました。
「参ったなー、みんな人に荷物もたせて、どんどん先に行っちゃうんだから」
しばらくして後ろからたくさんの荷物をかかえた、華奢な少年が歩いてきました。
両手にはいくつもの袋を持ち、背中には大きなリュックを背負っています。
先ほどの男たちの仲間でしょうか?、しかしこの少年は、穏やかな瞳に大人しそうな顔つきです。
「あれ?、どしたんだろこれ?」
どうやら少年も亀に気付いたようです、彼は荷物を置くと、ゆっくり甲羅に手をかけ、もとに戻してくれました。
「これでよし、と、じゃあ海にかえりなよ?」
少年が荷物を手にしようとした時、慌てて海和尚は顔を出しました。
「あ、あのっ!」
「は、はい?」
ぐぐ〜と鳴る海和尚の腹、少年はキョトンとしながらも荷物の中からスナック菓子を取り出しました。
「ひょっとして、お腹空いてるの?」
「は、はい、恥ずかしながら・・・」
少年はスナック菓子を開けると、さらに荷物からジュースを取り出して海和尚に渡しました。
「落ち着いた?」
「はい、あなたは私の命の恩人ですっ!、何かお礼がしたいのですが・・・」
少年はにこやかに微笑みながら手を軽く振り、その申し出を断りました。
「いいよいいよ、僕が好きでしたことだし、そんなに大したことはしてないからさ」
そんなことを少年は言いましたが、受けた恩を不意にする魔物娘などいるわけがありません。
瞬間、すごい高波が押し寄せ、少年ごと飲み込んでしまいました。
「え?、ええ?、あれ?、息出来る?」
慌てふためく少年でしたが、海和尚は彼を素早く甲羅に乗せて深い海の底へと誘っていきました。
その後少年の姿を見た者はいませんが、件の海和尚と夫婦になって幸せに暮らしているはずです。
何故知っているかって?
それはこの海和尚は私自身だから。
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