夏真っ盛り。
ニュースなど見なくても日差しだけで30℃を超えていることは分かる、そんな日。
駅前の広場には人が溢れている。
「髪、跳ねてないかな。」
鏡は無いので手に意識を集中させて自身の髪を弄る。男の名前は幸谷 泰華(さちたに たいか)。
今は恋人との待ち合わせをしていた。
「笑われないようにしないと…」
2個年上の恋人は自分のことをよくからかってくる。
一応、デートと称されるものなので格好つけては見たものの、寸前になって身だしなみが気になりだしたのだ。
「何してんだよ♪」
前髪をツンツンとした形に整えていると、突然声をかけられ、それと同時に後ろから頭をくしゃくしゃと撫でられた。
「わっ!待って待って!髪型が崩れます!」
慌てて両手を出し、頭に触れている大きな手の静止を試みるが、撫でているのとは逆の手に封じられる。曲がりなりにも成人男性の両手を片手で封じてしまう、そんな輩に小柄な泰華は成す術がなかった。
「茜華さん!ワックス付いてるんですから止めてくださいよぉ!」
必死に会話でストップを求める。
男は既に泣きそうな声を出す。精神的にも、さほど強くない小柄な泰華は、恋人である名里籐 茜華(なりとう せんか)に訴えかける。
「せっかく調えてきたのに…ボサボサじゃありませんか?」
とっさに、確認のため髪を弄る。
先ほどの堅苦しい印象だったものから、まとまりは無いが若者っぽくなった。それともカジュアルになったと表現するべきか。と言っても、どちらにしろ張本人の泰華には見えてないが。
「変に固まってた髪を梳かしてやったんだろう。ほら、格好良くなったぞ♪」
抑えていた泰華の両手を開放し、頭を愛でるのを止めた茜華。
それに乗じて泰華も流石に文句を言ってやろうと、後ろを振り返る。だが、恋人の格好を見てしまい口ごもることとなる。
茜華の格好は上が白と水色のボーダー柄タンクトップに下はポットパンツ。スニカーにレディースのベースボールキャップ。ショルダーバックを斜めにかけている。
「ん?どうした?」
女は少しニヤけた顔で聞き、赤い二つの目で泰華の瞳を覗き込もう近づいてくる。
「い、いえ何でもありません。」
キャップからはみ出た耳はピコピコと楽しげだ。
そう、彼女は人間ではない。
ヘルハウンドという魔物娘だ。
漆のように黒い肌、業火のように赤い目。大きな手足。頭の上についた耳。
人間に犬の特徴を持たせたような姿かたちをしている。
性格は基本、凶暴だと思って間違いないだろう。しかし、他の種族同様、現代社会に馴染んでいる、つまりは人間と共存しているので警戒する必要までは無い。
話を戻すと、人間にあるまじき肉体美を持つ茜華の格好は、ホットパンツでムチムチの太ももが強調され、タンクトップは大きな胸で張り裂けんばかりだ。
恋人故に、すでに裸を見ている泰華も中途半端に隠れている分、意識をして目のやり場に困ってしまう。
「ふーん、あたしはてっきりこの格好に欲情したのかと思ったぞ。」
妙に嬉しそうな顔をして泰華の耳元で囁く。
妖艶な感じを醸し出すも残念ながら、今の泰華には効いていない。
「エッチな格好って自覚があるなら自重してくださいよ!ほかの男の人たちも見られるんですよ!」
快晴の昼前。
もう一度言うが、駅前なので家族連れや学生のグループ、カップルと多くの人でごった返している。
その中でも肌は黒く、スタイル抜群な茜華は嫌でも目立つだろう。
「ん?嫉妬か?全く可愛い彼氏を持つと参るなぁ。でもさ、泰華だって髪の毛格好つけてたじゃないか。」
ククっと喉を鳴らす。今は無き髪型をからかっているのだ。
さてどう出てくるかな。さらに怒るか、それとも泣き顔で甘えるか。
茜華にはとにかく、泰華をからかうのが一つのライフワーク的なところがある。
しかし、ここは意外にも素直に行く泰華。
「…僕は嫌です。そりゃ、茜華さんは綺麗なんですからいくらでも言い寄られますよ。僕に勝ち目のない人が話しかけてきたらどうするんですか。」
本心、心からの。
ヘルハウンドの茜華は傍から見ても整った顔立ち、長身のスタイル抜群だ。放っておかない男はいくらでもいるだろう。
目に見えてテンションが下がる愛しい男。茜華は少し困ると共に、さらにからかいたくなる。
が、恋人の声のトーン的に今回はお預けだ。
「仕方ないだろう?あたしは暑いのが苦手なんだ。それにささやかながら腕っぷしはあるからな、問題ないさ。武器を持たれてても同時に15人くらいなら相手してやるよ。」
ニカっと笑い、泰華の頭を愛しい男を撫でるやり方で愛でる。
そして何よりも大切なことを付け加えた。
「でも、あたしのことを一人で相手
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