俺はあいつに勝てるのだろうか?
そんな命題を頭の中で繰り返すこと八回目の途中にしてそれは現れた。
天候はいつでも雨が降り始めてもおかしくない曇天の空、時間でいえば逢魔時、厚い雲の上にある太陽が西の山々に沈んでいるだろう夕刻、場所は北州、経和(たてわ)の山奥、といってもさびれた農村が近くにある比較的盆地の神社の境内、その中央に座り込んで考えている最中であった。
それは唐突で、俺の後ろに何か、とても重量のある物体が落ちた音、その何かが落ちたせいで土煙りが舞い上がり視界を遮る。そして、それが真後ろに落ちたことによる地面と大気の振動、座り込んでいた俺はどうしようもなくもろに受けて体勢を崩し、両手を地面につく形になる。
体勢を崩した直後、背後に落下、もとい、着地した何かが何かを―たぶん前足、を振り上げ、振り下ろす、その一連の運動によって発生した風切り音。無論、俺の背めがけて
顔を上げても土煙りの所為で何も見えないし、現在前につんのめっているため背後で何が起こっているのか確認できないが、このまま何もしなければ俺は振り下ろした前足か腕に当たってえらい目にあうことだけは想像に難くない。…何もしなければ、ね
口にくわえていた札を離す
直後、意思を持っているかのように重力に反して俺の視界から消える札、そしてバンッ
と何かを跳ね返す音と跳ね返した衝撃が背を叩く
しかし、その衝撃を合図にして、俺は駆けた。
最初の地面についていた両手の内、右手に力を込め、体を起こし、そして一歩を踏み、駆ける。
座っていた場所から七間ほどの距離を取り、そして振り返る。
土煙りが晴れないが、懐から一枚札を取り出す、用心のため、いつ土煙りの中から何かが襲ってきても対処できるように
しかし、それは土煙りの中にいた。土煙りが風に乗り、晴れていく。そしてそれも土煙りの中から現れた。
最初に見えたのは顔、性別は女。凛々しいという表現が似合いそうな美人、その顔は満足そうな顔で口角をつりあげ、俺のことを見ている。もし、町中ですれ違ったなら惚れてしまいそうな女であったが、幾つか冷や汗が吹き出す要素があった。
顔色は青灰色、耳が生えている場所には人のそれとは違う、形からして牛の耳が生え、耳のすぐ上、側頭部から角が、天に向かって生えていた。
次に見えたのは、上半身
露出の高い服、というよりも胸の一部を毛が覆っているだけの上半身。そのため、女の肉体がよく見える。豊満な胸に比べ、腰は引き締まり、上半身の筋肉は鍛え上げられていることが分かる。手の先は煙に隠れているため二の腕の半分より先は分からないが、人間のものと大差はない。
煙が晴れ、全身が見える。
前述の通り、上半身は一部を除き人間の体と大差がない、しかし、それを支える下半身は、人間のものとは違う。胸の一部を覆っていた毛が下半身を覆い、その下半身は巨大で、まるで蜘蛛の腹のように大きく、そこから脚が六本、生えている。脚も毛におおわれていたが、脚先にはするどい爪のようなものが生え、それを地面に突き刺すようにして立っている。
それは一般的に「ウシオニ」と呼ばれる魔物、ここ和州では妖怪と呼ばれるのだが、ウシオニなどの一部の妖怪は別の名称がある、『怪物』、という名称が
長い魔と共存してきた歴史を持つ和州(西洋・中央諸国からはジパングと呼ばれていた)、基本的に人は妖怪に寛容であり、隣人として接している和州であるが、その寛容は彼らの恐ろしさを知らぬ無知から来る寛容ではない。むしろ、逆だ。彼らの恐ろしさを知っているが故の寛容
その最たるものが、怪物である。並の退魔師では調服すら困難、もはや自然の猛威、「現象」と同じと考えるしかない、一度無力な人間が出会ってしまえば念仏を唱えることぐらいしかできない妖怪、それが怪物
我ら、和州人の、魔の恐ろしさを知っているが故の概念であった。
そして、その恐ろしい脅威は俺の目の前にいた。だから、改めて、自分に、問う。
―――俺たち、人間は、というか俺はこいつに勝てるのだろうか?と…
これで九度目の問いを
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「…貴殿は妖怪で間違いないな」
当たり前だが、一応確認のため。その問いに対し、ウシオニは腕を組んでニカリと笑う。からりとした笑顔ではなく、口角を極端に持ち上げた、意地の悪い笑みを浮かべる。
「ああ、私は妖(あやかし)、名は永忌(えいき)。そういうあんたは退魔師かい?ぱっと見て軍人かと思ったけど」
じじい臭い名だな、というのが俺の印象、名前のつけ方からして大体2,300年まえに生まれた妖怪
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