メイドと閉じ込められ少年

私はキキーモラのイドと申します。
今はあるご主人様の元で働いております。
ご主人様は温厚で、小さな村の村長をしております。
朝はコーヒーを飲みつつ資料を読み、昼はベランダで村を眺めながら軽い食事をし、
午後は村を歩いて村民との交流をしつつ買い物をし、夕方は自ら調理場に立ち、夕食を屋敷の使用人達に振る舞い、夜は1杯の赤いお酒を飲んで眠る。そんな穏やかな日々を過ごしていますが、その中で一つ、私だけがご主人様直々に任せられる非日常があります。
それは、屋敷の2階、東側の角にある部屋の中にいる、坊ちゃんのお世話です。
毎日朝昼晩に私は坊ちゃんの部屋に入り、食事を取り替え、部屋の掃除をし、静かに退室します。
この仕事を任せられる時、ご主人様は「彼の事を知ろうとしない事。彼に過剰に関わらない事。他の使用人達にこの事を話さない事。その3つを君は守ってくれると信じているよ」と仰りました。
坊ちゃんを知ろうとしないこと
坊ちゃんに過剰に関わらないこと
他の人達にこの事を話さないこと
私は穏やかな1日の朝昼晩、その部屋の扉を叩く前に心の中でこの3つを反芻します。
例えば、今。
この扉をノックし、鍵を開けて扉を開くと、きっといつもの光景が広がっています。
「坊ちゃん。失礼します。」
鍵を差し込み、捻って抜き取り、ノブを回して扉を押す。
いつも扉の重厚感に騙され、少し勢いが余ってしまいます。
そして開いた扉の向こうには。
分厚い窓から差し込む薄い朝日の光、壁に沿って並べられた本棚の中には様々な本が僅かな綻びもなく並べられていて、本棚と窓のある壁の角には小さめの机と椅子が置かれていて、本棚の正反対の壁にはクローゼットやドレッサーが佇んでいて、部屋の中で唯一。大きな柱時計が時を刻む音が響いていて、窓の下には、薄い朝日を浴びたクリーム色のベッド、純白のシーツ、掛け布団、そして、真っ白な長い髪、白いワンピース、
そして、それを身に纏う、とても薄い肌色の18歳の少年。
その少年は何をするでもなく天井を眺めていました。
「お食事を替えに、それと部屋のお掃除をしに参りました。」
その声を聞いてやっと坊ちゃんが顔をこちらに向けます。
色素の薄い皮膚、白い髪、感情を感じない眼、透き通った唇。とても整った顔と長い髪のせいで、女の子と言われても一切の違和感がありません。
「…おねがいします…」
坊ちゃんが口を開いて、小さな、それでいてとても良く通る声が私の耳に響きます。
私はベッドの上の台に置かれた綺麗な容器を取り、持ってきた食事を載せます。
チーズを挟んだパン、刻んだ野菜の入ったスープ、コップ1杯の白いホルスタウロス印の牛乳。毎日の坊ちゃんの朝ごはんです。
そして、私は部屋を点検します。机、本棚、時計、ドレッサーの上を綺麗な布で拭き、
クローゼットの中にあるワンピースを新しいものと替え、ベッドの近くのゴミ箱を見ます。が、ゴミ箱の中は毎日空です。
それらを全て終えた後、私は音もたてずに食事をする坊ちゃんとお話をします。
はい。きっとこれは「過剰に関わる事」にとても近い事です。ですが、私は衝動を抑えきれませんでした。
初めは私の鼻歌でした。
世話をしてから1ヶ月、毎日同じような事をし続けるうちに、気が抜けてしまったのだとおもいます。
うっかり鼻歌を口ずさんでいると、聞いたことのない声が私の耳にはいりました。
「そのおと、とてもきれいですね」
私は鼻歌よりもとても綺麗な声に驚いて、坊ちゃんの方を振り向くと、坊ちゃんがこちらに顔を向けていたのです。
その時まで声はおろか顔さえ正面から見たことも無かったので、私はとても驚きました。
その様子をみて坊ちゃんはクスクスと笑っていました。
それから今に至るまで約1年。私はご主人様に秘密で坊ちゃんとお話を続けてきました。
ある日は鳥の話、ある日は私の話、坊ちゃんはとても博識で、私よりも多くの事を知っていました。
ですが、最近は別の事に気を取られていて、話が弾みません。
それは、坊ちゃんが食事を口に運び、頬張る瞬間、一瞬だけ見える人のそれよりも長めの八重歯です。
話をしようと坊ちゃんの顔を見ると、一瞬見える八重歯。
私はそれが気になって仕方がありません、そして今日も怪しまれないような時間に一礼をして、部屋を出ます。
空の容器を運びながら坊ちゃんの事を考えているうちに、私はご主人様の部屋の前に来ていました。
坊ちゃんの親であり、私のご主人様。
きっとその人なら答えを知っているのですが、私はその扉をノックする事がなかなか出来ません。今日もやはり戻ろうか、いや、やはり気になる、いやいや、そもそもご主人様には知ろうとしないこと、と念を押されているから辞めるべきなのでは、いやいやいや、もう1年近くこの仕事をしているのに、やはり坊ちゃんの事を何一つ知る
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