「働きたくないのじゃ、絶対に働きたくないのじゃ!」
「またそんな事言って働かない気か! いい加減にしなさい!」
「妾は会社の社長なんか嫌じゃ! 父上と母上が今まで通り経営すればよかろうに!」
「その母さんが倒れたのによくそんなことが言えるな! 起きればネットのオンラインゲームか食うしかしない、学校は出席日数が足らずに退学……」
「ふんっ、妾の力があればどんな大学だって入れるわ。だがまだその時期ではない」
「その力と才能をオンラインゲームで活かさずに、会社で活かせばいいだろう!」
「オンラインゲームでは妾の命令で運営が動くのじゃ! 会社なんかより倍楽しいわ!」
「お前はッ……! ……はあ、情けない限りだ。ファラオとして生まれ、今まで何不自由なく育ってきたせいか」
「……?」
「僕は普通の人間だった。遺跡にロマンとお金をかけて、君の母さんと偶然出会った。でもその頃は大変だったんだ」
「昔のことなぞ知らぬ」
「いいから聞きなさい!」
「うっ……はい」
「母さんはあまりに眠りすぎたせいで、ほとんど記憶がなかった。部下のアヌビス、レンマダさんの名前も思いだせない、そんな大事なことを忘れて毎日泣いていたんだ」
「……あんな物覚えがいい母上が?」
「ああ。王失格だ、って毎日毎日、目がすでに真っ赤だってゆうのに、さらに真っ赤にして。せっかく魔力を受け取って復活したのに、情けない限りだって」
「……」
「僕も僕で大変だった。なんせ母さんは死体だから、戸籍がなくて逮捕されそうになったり、綺麗だからヤクザとかにも狙われて、毎日毎日母さんの部下と協力して、警察やそんな悪人達を追い払っていた」
「それが何か関係があるというのか、父上」
「あるさ。今はゾンビやスケルトンだって戸籍は作れるけれど、僕の時代は魔物自体が排除かいない物扱いだったんだよ、魔界に世界が取り込まれるまでね」
「う、ううむ」
「話を戻そう。何回か交わってるうちに、記憶がハッキリしても――母さんは泣いていたよ」
「な、なぜじゃ」
「自分が死体だから子供はできないって、わかったからさ」
「なん……じゃと」
「今は時代が進んで、アンデット種でも子供を産めるようになったけど。昔は滅多にってレベルじゃない、全く産まれなかったんだよ」
「むう……」
「僕は必死に母さんを慰めて、また眠らさせないように努力した。それから三十年はかかったけど、魔界の偉い学者さんがアンデット種専用の妊娠手術の方法を見つけて、母さんもそれを受けたんだ。そして、君が生まれたんだよ」
「……母上も父上も、そんなに苦労したのか」
「これぐらいじゃ苦労してない、って言う人もいるかもしれないけどね」
「妾は、そんな苦労の上に立っていたのか」
「そう、僕と母さんの苦労の上にね」
「……そんな事も知らなかったぞ」
「話してなかったからね、こんな事」
「のう、父上」
「なんだい?」
「とりあえずなんじゃがな。妾はここ四年、運動も何もしていないから、いきなり一日働けは無理だと思うのじゃ」
「うんうん」
「じゃからまずは週三日ほど、アルバイトをしてみようと思う。慣れてきたら増やしたりしてみる」
「それがいいね。僕は母さんのお見舞いに行くけど、どうする?」
「……この間暴言を吐いたばかりじゃ、合わせる顔がないわ。とりあえず履歴書セットを揃えてくる」
「いってらっしゃい」
「うむ。……入院費ぐらいはすぐ払えるようになってやるわ……」
「何か言った?」
「何も!」
▼▼▼
「って、事があったんだよ」
「あの子が急に真面目になったと思ったら、それを話したのね」
「じゃないと動かないような気がしてね」
「昔の私とアナタみたい。強情なとことか、泣き落としに弱いとか」
「それは言わないでくれよ……まったく」
「うふふ、ごめんなさい。ああ、あの子はどんな仕事してるのかしら?」
「ん? 普通に朝、六時から九時までコンビニでアルバイトしてるよ。夜型だけどいつも朝九時に寝てたから、疲れるからちょうどいいって」
「頑張ってって伝えておいて」
「わかったよ。君もあまり無理しないでね」
「わかってるわ」
夫婦は軽くキスをして、父は病室から出て行った。
この先、弱音を吐かずに娘がアルバイトを続けられるかな、なんて不安な気持ちを抱きつつ、父は家に帰っていった。
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