とある街に一人の女性が歩いていた。
長身に長い黒髪、下品にならない程度の適度に肉付きの良い体を黒い洋服で身を包む。
同性ですら憧れるような女性だ。
「ふぅ…、やっぱり夏は暑いわね」
だが彼女は人間ではない。
異世界に住む魔物娘、その中でも魔王の娘であるリリムこそが、彼女の正体であった。
「街から出て東にずっと歩いてきたけど……、今日は特に暑いわね。ちょうど良い図書館があるし、少し休ませてもらうわ」
そう言って彼女はとある大きすぎもなく小さすぎでもない程よい大きさの図書館に入っていく。
「ううっ!やっぱり急に冷房入ってる所に行くと寒いわね。
でもそんなに下げてもないみたいだし、良かったわ。
さて……、どんな本でも読もうかしら?」
彼女は近くにあった本を手に取り読んでゆく。
彼女は本が好きであった。
正確には本や舞台として、語られる物語を知るのが大好きだった。
元々彼女は、ほかの姉妹と比べると魔物娘としての本能が薄かった。
もちろん人並みに男の精は欲しいと思うし、淫らに汚れたいと思う。
だが……
「そういえばあの子は元気かしらね。まああそこはもう気温も殆ど変わらないでしょうけど」
脳裏にとある少女の姿が浮かぶ。
少女が作り上げた愛と快楽の理想郷も。
でもそれで、私は幸せになれるのか?
分からないまま、彼女はあの街から離れた。
あそこには求めていたものはもうないだろう。
あるのは愛と快楽に溺れ続けるケダモノ達だけだ。
(ごめんなさい……、姉さんやお父さん、お母さん……。
私は自分が納得できる答えを探したいの)
そんな事を思い浮かべていた時だった。
その本が目に入ったのは。
手作りなのだろう。
紙の質も悪いし、奥付もない。
(そういえば、自分が書いた本を置いても良いって入り口の所に書いてあったわね)
そんな事を思い出しながら、彼女は文書を読んでいく。
ゆっくり、じっくりと。
(これは……、一体どんな人ならこれを書けるの?)
それは、普通のファンタジー小説だった。
平凡な男が、勇気を知り、悲しみを知り、夢を浮かべ、絶望に立ち向かう。
いくらでもある使い古された物語だ。
だがこの物語は愛に溢れていた。
この世界を心から愛しているからこそ、この物語は彼女の心に響いたのだ。
彼女は館員やネットなどありとあらゆる手でこの本の作者の事を訪ねてゆく。
「ねぇ、この話を書いた人は、今どこにいるの?どうしても知りたいの!」
そうこうするうちに作者の情報が彼女の元に届けられる。
だがその中身は……。
「!?そんな!?」
〜〜〜〜〜
彼はある病院に居た。
殆ど体も動かず、声すら発する事も出来ない。数年前の事故により、もはや彼の寿命はあと1年持つか持たないかというものだった。
「あなたがこの本の作者ね……。探したわ。
でもこんな事になってるなんて……」
その部屋の中に彼女が入ってくる。
周りの看護師や医師には全く止められずに。
「……これを使うしかないわね。
私の魔力と力と薬を使えば……、ウ……マズイ」
彼女は小瓶の中身を一気に飲み干す。
そしてその彼女の手は彼の動かない手の上に置かれる。
「現実では駄目でも……、夢の世界なら……」
部屋があった。白い壁に沢山の絵が写真が貼ってある。
おもちゃも彼自身の思い出もそこら中に転がっている。
彼女は特製の夢見薬と自分の魔力を利用し彼の夢の中にいた。
「おもちゃも、絵も、作文も、思い出そのものでさえ、こんなにたくさん夢の中に詰まってるなんて……」
「どうしたんだい?君は誰だい?」
声が聞こえる。
優しい声が後ろから聞こえてくる。
「私?私は……、貴方の心を奪いにきた魔物よ」
「魔物……か。こんな所にこれるんだからそうだよね」
振り向くとそこには優しそうな風貌の眼鏡の青年がいた。
彼は彼女の魔物娘としての姿を見ても全く動揺していないようだ。
「……貴方、変な人ね」
「よく言われたよ」
二人は部屋の中心にある椅子に向かい合って座る。
「貴方が書いたこの本……、まだ未完成よね?」
「……ああ、そうだよ。でもこの身体じゃもう書けない。どうしてもあれは書き上げたかったのに……」
彼はとても悲しそうな表情で呟く
「ならその願いは私が叶えてあげるわ。私が貴方の望むように代筆してあげる」
「どうしてそんな事をしてくれるんだい?」
「私だって、この物語を最後まで見たいもの。
それにタダとは言わないわ。
貴方はもう助からない。
だからせめて貴方の魂を私の物にするわ。
それが条件よ。」
「良いよ。君がこの物語を世界に送り出してくれるなら、僕の魂をあげても構わない」
「契約成立ね」
それから二人の奇妙な関係が続いた。
二人きりの部屋で、決して触れ合うわけ
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