第2章 『Midnight Battle』
栄暦1459年4月24日 午前1時08分
人間界 エルメッド大陸 ブリジカ共和国
メルブェシティー スラム街
刀を突きつけられているのに、男は冷静だった。
「…お前は、サラマンダーか?」
それが男の第一声。
「そうだよ、見りゃわかるだろうが」
アタシが返すと、男は感情の起伏に乏しい声で言った。
「サラマンダーが、なぜこのような北国に?」
いきなり訊かれたくないことを訊かれた。
「ま、いろいろあってな」
無難に返す。
男は、それ以上追及しては来なかった。
「…『アタシと闘え』とは?」
「そのまんまの意味だよ」
暫しの沈黙の後、男が口を開く。
「オレには、お前と闘う理由はない」
ノリが悪いな。
「アタシにはあるんだよ」
「オレがお前に何をした?」
は。
そんなの分かりきってるだろ。
「…あれだけ見事な戦い見せつけた男を、そのまま行かせられっかっての」
「成程、そう来たか」
男は再び黙する。
アタシは男を、もう一度じっくり観察する。
服装は、一見すると巡礼者のよう。
フードをかぶり、左肩には腰下くらいまでの長さのマントを引っかけている。
しかし、少しよく見ればわかる。
身にまとう地味でシンプルな鎧。
長いマントに隠れているが、剣先が少しだけ裾から出ている。
巡礼者風の武人か。
武人風の巡礼者か。
まあ、どっちでもいいか。
「御託はもうたくさんだ。早いとこ決めてくれ。
やるか?やらないか?」
アタシは男に催促する。
一瞬間をおいて。
「…条件がある」
「何だ?」
まさか金じゃないよな?
「オレが勝っても、お前の求婚に応じる気はない。それでも良いのなら」
う。
うう。
正直、これはなかなか痛い。
さっきのチンピラとの一件で、こいつの実力はだいたい分かった。
アタシが今まで戦ってきた奴らの中でも、文句なく最高クラス。
もちろん、武芸に限った話じゃない。
多勢に無勢だったのに、毅然と立ち向かった。
で、勝った。
どんなサラマンダーでも一発で惚れる。
アタシも。
しかし、こいつはアタシの求婚には乗らないという。
つまりそれは、アタシと夫婦にはなってくれないってことで――
思わず、深いため息が漏れる。
でも。
交わって、愛し合うだけがサラマンダーの恋じゃない。
刃を交え、拳をぶつけ合うのもアタシたちの恋だ。
だから、アタシは。
「…いいよ」
刀を握りなおす。
「かかってきな!」
男の周囲の空気が、明らかに変わった。
「おお…」
思わず、感嘆の息を漏らす。
それと共に、アタシの周囲の大気も沸騰し始める。
尻尾の炎が、勢いよく爆ぜるのを感じる。
アタシの神経が、極限まで研ぎ澄まされていく。
いま、アタシの世界には、アタシとコイツ以外は何もいなかった。
先手を打ったのは、アタシ。
ぐ、と腰を沈め、ためたバネを一気に解放する。
地面がかすんで見えるほどのスピードで、男の懐へ入る。
勢いも角度も悪くない。
そのまま大きく右上へと斬り上げる。
だが、紙一重で男はかわす。
だが、それは織り込み済み。
アタシは勢いをそのままに猛攻。
突き、斬り、蹴り、尻尾を叩きつけ、炎を浴びせる。
だが、そのすべては、またもや紙一重でかわされた。
見ると、男の手には剣どころか武器らしい武器も握られていない。
「…おいおい、その腰につけてんのはオモチャかよ?」
アタシは、男を挑発する。
男は、指先で剣の柄頭に触れながら静かに言った。
「そんなことはない」
そう言うと、男は手を再びだらりと下げ、そのまま握り拳を作った。
「だが、今日はこれは使わない」
アタシの頭に疑問符が浮かぶ。
まさか、素手でやる気か?そういう戦い方もあるだろうが、さすがに素手と刀じゃ…
しかし、アタシの考えは間違っていた。
男はそのまま弾みをつけて、肘を思い切り伸ばす。
同時に、勢いよく手を開く。
すると。
カシュッ。
何が起きたかはわからなかった。
分かったのは、何か小さくて滑らかな音がしたってこと。
一体なんだ?そう思った。
刹那。
首筋が、ジリッと焼かれるような感触がした。
これは、アタシの体の信号だ。
意味は、『即逃げろ』。
反射的に、後ろに飛んだ。
次の瞬間には、男はもうあたしが今まで立っていたところまで迫っていた。
――速すぎる…!
人間のそれをはるかに超えるアタシの目でも捉えられないほどのスピード。
なのに、男は。
全く速度を落とさず、むしろ畳み掛けるように猛攻してきた。
ブン、と唸りを上げ、コイツの腕がアタシの目の前を横切った。
その直後。
「…うっ!?」
激しい痛みとともに、アタシの腹から鮮血が流れ出た。
傷は浅いが、これは間違いなく。
(斬られた!)
だが、なぜだ?剣を持ってる様子もないし、体に刃物も…
…あ!!
唐突に思い出す。
[3]
次へ
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録