温泉編(2)

ヒノキの湯、とデカデカと書かれた看板を横目に門をくぐる。
外見の雰囲気からしてスーパー銭湯のようなものかと思ったが、庭を見ると苔むした岩や静かに水をたたえる池など、高級宿のようなそれを感じさせた。

「先輩?ここって俺が来ていい所なんでしょうか…」

「私もこんな料亭みたいなとこだとは知らなかったよ…」

しばらく歩くと、これまた趣のある(?)門が見えた。
そこを開くと受付らしきお爺さんが。

「ああ…よくいらっしゃいましたな…ご宿泊ですか?温泉のみですか?」

「温泉だけでお願いします」

「はいよ…これ、ロッカーの鍵ね、ごゆっくり…」

先輩の下半身…蛇の部分を見ても何も言わないあたり、人外OKというか全く気にしていないようだ。
人外の中には鱗や、体質的に湯を帯電させてしまう人もいる。
だから普通は温泉などにはお断りなのだが、ここは何か対処しているのだろうか。

「…あぁっ!」

「せ、先輩!?どうしたんですか?」

脱衣所の前で急に奇声を上げる先輩。
すると股を押さえてもじもじしている。

「私って男湯なのかな…女湯?」

「…ああ、そっか」

ふたなりである先輩はどちらともつかない。
しかし男か女かと言えば戸籍上は女である。

「じゃあ、また後で」

「うん、ゆっくり浸かってきていいからね〜」

ぱたぱたと手を振って女湯に向かう先輩。

「俺も入るか…」

脱衣所には暖かく、適度な湿度の空気が満ちていた。
別に俺の脱衣シーンの詳細なんて語っても仕方がないので、さっさと脱いでタオルを持ち、風呂への扉を開ける。



そこは肌色の天国……いや、女湯だった。



「すみません間違えました」

扉を閉めて高速で服を着る。
入口に戻ってのれんを見ると、そこには。

デカデカとした文字で「男湯」。

の下の申し訳程度の「混浴」。

「…はぁ、外で待っとくか…いや突撃するか…」

脱衣所のイスで全裸になったはいいものの、突撃する勇気はない。
うんうんうなっていると温泉への扉が開いた。
だれか男性客が入っていたのだろうか?

「日暮くーん、入りましょ?」

先輩の尻尾に腕を絡め取られて温泉に引きずり込まれる。

「先輩!?ちょっと待ってください!心の準備が!」

「全く…混浴みたいだし腹を決めなさい、それとも他の女の子をそういう目で見ているから恥じらいがあるとか?」

「うっ…け、けどこんなに女性がいるなんて…男女比おかしくないですか?」

「たぶん男性はいないよ…女性が私含めて4人くらい?」

「うう…」

カチカチに緊張してしまい、もはや天国どころか地獄だ。
体を洗っていると隣の人が話しかけてきた。

「あの…」

「な、なんでしょう?」

視線を下に向けて答える。
すると相手はなにやらクスクス笑って言った。

「上を見ても大丈夫ですよ、気にしませんから」

「い、いえいえ!自分が気にするんです!」

「はぁ…律儀な方ですね…ところで、今日はなぜこの温泉に?」

「か、彼女に誘われまして、ラミアなので普通の温泉に浸かることができないんですよ」

「ああ…分かります、実害がなくてもやはり敬遠されてしまいますものね」

「あなたも別種族なんですか?」

「ふふ、顔を見てくださいな、そうすれば分かります」

こわごわ視線を上に向けるとにこりと笑った大人っぽい笑顔。
しかし、その顔は人間ではない。
二本の肌色のツノが髪を押し上げている。

「鬼…ですか?」

「ええ、だから体も大きくなってしまって…」

身長は180cmはあるだろうか。
がっしりとした体つきだが、それでも女性特有のしなやかさや柔らかさも持ち合わせた美しい体。

すると後ろから囁き声。

「何を見ているんですか?ダーリン」

「そりゃああの美しいから…だ…」

振り向いた瞬間ビンタをもらった。



「全く…!やっぱり他の女性を意識しているでしょう!」

「そ、そんなつもりは…」

湯に浸かってお説教をもらうこと5分。
さっきの鬼の女性は申し訳なさそうに少し離れた場に浸かっている。

「ふん…!」

そっぽを向いてしまう先輩。
肩に触れると尻尾で弾かれた。
どうやら、結構怒っているみたいだ。

すると緑色の肌…恐らく蛙人であろう女性がすいすい泳いできた。

「仲直りさせたげよか?」

「え?は、はい」

「おっけー」

ニヤッと笑って口を開ける。
ばしゅっ!と舌が伸びて俺と先輩を巻きつけた。

「えっ!?」

「うわっ!?」

「ここにカップルで来る人なんてあんまり見ないからさぁ、仲良くしなよ?」

「……」

「ここで働いてる身としてはあなたたちみたいなカップルをケンカさせて送り返すなんてのは、好ましくないワケ」

すると先輩が口を開いた。

「従業員の方ですか?」


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