緊張していた。
とにかくプレゼンというものは緊張する。
社内報告だし、俺のプレゼンの下手さは社内でも名物と言えるほどのものなので、先輩に助けてもらっても、誰も笑わないだろう。
しかし、今日はいつもの俺とは違う。
「プレゼンがちゃんとできたら、飲み会奢ってあげるよん」
「本当ですか?この前は食べ物頼むだけ頼んで、食べるだけ食べて、座敷でぐぅすぅ寝ちゃったじゃないですか」
「うっ…と、とにかくプレゼンくらいできるようにならないと、社会人とは言えないよ」
たしかにプレゼンは社会人、さらに言えば、俺たちサラリーマンに無くてはならないスキルと言える。
「分かりました、やってみせます」
「おーし!その心意気やよし!」
先輩に背中を叩かれたが、力が強すぎて壁に頭を打った。
そして今、うちの課のプレゼンが終わった。
「い、いいい以上が2課の、ぎぎ、業績内訳でした、あ、ありがとうございました」
開始3分で愛想笑いの頬が引きつり、5分で噛み噛みになった。
最高にダサい。他の課の社員がくすくす笑う声が聞こえる。
その後20分、頭を抱えながら俺は他の課の業績報告を聞いているフリをして真っ赤な顔を隠し続けていた。
例のごとく課長やうちの課の社員は早々に引き上げた。
先輩が何も言わないことを見ると、今日の打ち上げはナシになったのだろうか。
あれほどの失態を犯しておいて、「打ち上げしましょう!」とは言えない。
「…先輩、お先失礼します」
「…ん」
先輩がPCに向き合っている後ろを通る。
と、PCの電源を落としたのか画面が暗くなり、その画面に先輩の黄色い目がこちらを眺めるのが映っていた。
足が金縛りに遭ったかのように動かなくなる。
先輩のその目はまさに、蛇睨みとでも言うような強烈な力を放っていた。
咄嗟に頭を下げる。
「…すみません!プレゼン、あんな無様なことして」
小さなため息が聞こえた。
「はぁ、謝るなら分かるでしょ?」
こちらにイスを向けた先輩は、お猪口を握るような仕草を見せていた。
その目に先ほどの光に込められたような恐怖は感じられない。いや、むしろ目を細めて笑っていた。
その笑顔につい昂ぶってしまう。
「飲み会、行ってくれるんですか!?」
「え、あ、そんなに楽しみだったの?ま、今日は君の奢りだから、プレゼンで格好悪くてもお説教はナシ、パーっと飲みに行こ!」
結論から言えば、俺と先輩は4軒ほど飲み屋をハシゴした。
先輩の食いっぷり、飲みっぷりは凄まじく、あっという間に俺の財布から万札が消えていった。
「うぃぃ〜酔った食ったぁ」
赤い顔でもたれかかってくる先輩を何とか支える。
本当ならここで先輩の柔らかさとかいい香りにドキッとするのが定番(?)なのだろうが、先輩はメチャクチャ重い。
きっと俺の1.5倍ほどはあるだろうが「重い」なんて言えば先輩に嫌われること請け合いだ。
そして、今日先輩の新たな面を発見した。
「むふぅ〜美味しそうな後輩だなぁ、食べちゃおうかなぁ〜、ぺろぺろしちゃおうかなぁ〜、それとも…ぐへへへ…」
先輩は尻尾を俺の腰にがっちり巻きつけて体のあちこちを触ってくる。
そう、これはまさにスケベ親父。
嬉しいことこの上ないというのが本音だが、ここで受け入れて酔いが覚めた後にその気じゃなかったら社会的に死ぬ。
「先輩、セクハラですよ、ほら降りてください」
「いいじゃんか、もうちょっとくっついていても…」
尻尾がほどけて先輩がふらふら駅に向かって歩き出す。
後ろ姿を見守りながら一緒に歩いていたら、十字路の前でこけた。
「先輩?ほら、手貸してあげますから駅まで頑張りましょう、ね?」
「…へへ、捕まえた」
がきっ!と腹に衝撃が走り、次の瞬間俺は引き寄せられて、先輩にお姫様抱っこされていた。
「先輩!?ちょ、ちょっと!?」
万力のごとく力で体を締め付けられ、先ほどの千鳥足とは全くかけ離れたしっかりとした足取りでネオン街…というより、ホテル街に連れ込まれる。
「先輩!冗談じゃ済みませんよ!ほら離して!」
「聞こえなーい、何も聞こえないなぁ〜」
ピンク色の看板が輝く建物に連れ込まれる。
その力に逆らうことはできなかった。しなかったのではない。それは本当に、できなかった。
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