虹のかかる霧

霧の大陸。

そこは年中白い霧に覆われた、未だ謎多き地。

その霧は内陸に行けば行くほど濃くなり、その奥を目指した冒険家たちの行方不明の報も後を絶たない。


独自の文化や芸術の美しい国。

そう印象を抱く人も多いかもしれない。


だがそれはあくまで人が居られる場所の話。


生きて帰りたいのなら、決して霧の大陸に挑むのはおすすめしない。

有志の冒険家たちの雑誌にこんなことが書いてあった。

霧の大陸から絶対に帰還できない3つの条件。
・魔法を熟知していない、あるいは魔法を用いた探索経験が浅い
・少しでも出発地点から見える空に雲があること
・独行

魔法が不得手。

天候が悪い。

ましてや一人で行けばその僅かな足跡すら霧に呑まれるだろう。

しかし、僕は行かねばならなかった。





「本当ですか!?」

「おお、約束しよう」


珍しく僕が声を張り上げたのは、家の近くの古物商店の中。


僕の名前はシェーザ。

駆け出し冒険家で、まだまだ若手だが行動力はある方だと思う。

やや気が小さいため、パーティなどは組まずに一匹狼で行動している。


なぜ穏やかな僕が大声を出したのか。


「ホウライ…の珠を持ってきたら…小さくても100万…!?」

「うむ、蓬莱の珠は貴重じゃ、神木の枝から取ってきたら…そうじゃな、最高額では5000万を超える額が付いたこともあるからの、出来合いで判断しよう」

「わかりましたっ!頑張りますっ!」


冒険家という職業はゴールドハンターに似ている。

新たな地での新たな価値の発見を求めて旅をする。

無論、一山当てれば大富豪。

しかしそう上手くはいかないもので、だいたいの冒険家は金銭面や肉体面で夢を諦めて故郷の親を継ぐ。

僕の財布には銀貨が1枚と銅貨が3枚、それだけだ。

いいお店でランチを食べたらあっという間になくなる額。

さすがにこれは生活がまずい。

そう思って儲け話を求め、お世話になっている古物商店の親父さんの所へ転がり込んだ次第である。


「あ、でも蓬莱の珠は内陸にあるからね、気をつけてね」

「任しといてください!大枚叩いて買ったコンパスがありますから!」

「え………コンパスなしで今まで冒険家やってたの?」

「いや、これは魔法のコンパスで…!ジパング地方から来たギョーブさん?から買ったんです!ほら、見てください!」


紫色の豪奢な装飾に彩られた重たい羅針盤。

真ん中には『聖封魔惑』の文字があり、ジパング語は読めないので意味は分からないがカッコいい。

銀貨5枚払った価値はあるだろう。

現に今も針がくるくる…と揺れ…びしっと一方を指した。


「北は反対だよ」

「い、いや!きっとこの先にお宝があるという暗示…!」


指された方角を窓の外から見てみると。


「わーっ!たすけてーっ!」

「は、ハーピーに少年が!」

「早く教団の兵隊を呼べー!」

「ふしゃしゃ、この坊やは私のもんだもーん♪」


…。


「お宝は見えたかね?」

「……はい」


僕はそれを帰り道に海に投げ捨てた。





「出港しまーす!行き先は霧の大陸!進路よし!面舵いっぱーい!」


翌朝早く、僕は乗船料が安かった小さなぼろ船に乗り込んで霧の大陸を目指していた。

かもめの翼が空を切っている。

今日はいい天気だ。

こんな天気で船上での朝食、これがたまらない。


「え…?」


カバンの中が濡れている。

皮の水筒が破れたにしては水浸しでもないし、果物が潰れたかと思って濡れている物を引っ張り出す。


「ぎゃ、ぎゃあああああっ!」

「お、お兄さん!?どうした!」


船員がこちらを驚いたように見る。

僕が叫んだ理由は一つ。

昨日海に捨てた羅針盤がカバンに入っていたからだ。


「あーちょっとお兄さん、困るよー」

「え…?」

「魔法道具はきちんと検査通してもらわないとさぁ、ほら、赤いシール貼ってもらってないでしょ?」


船員が言う通りだ。

税を払って『検査済』の赤いシールを貰っていなければ、魔法道具の国家間での輸送は認められていない。

しかし今回は僕に非はないはず。


「き、昨日捨てたんです!信じてください!たしかに海に…!」

「んー…まぁ…荷物とかも検査されるしねぇ、こんな馬鹿でかいコンパスを見逃すとは思えないし…どれ、見せてみ」


船員の人がルーペをかける。

この人は神官くずれと呼ばれる人であり、地元の教会に乗り込み教えを広めた教団に反発した元教会関係者らしい。


「あー………こいつは……」

「な、なんです?高かったんですよ?」

「い、いい品物だ、うん」

「ですよね?僕もそう思います」


少し引っかかるこの船員の苦笑の理由は、後に分かることになる
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