日常

俺は日暮雅人。
ごくごく普通の会社員だ。
そんな俺には好きな人がいる。

「〜♪〜〜♪」

上機嫌でキーボードを叩く俺の上司。
名前は「春川由美」
背は170cmを優に超えるだろうか。尻尾の長さも合わせたら250cmはあるだろう。
きっちりとスーツを着こなし、黄色く光る目やスーツを窮屈そうに押し上げる胸、その下の鋭角的なくびれ、そしてラミアに特徴的な、赤い模様のついた長い尻尾だ。
俺が入ってきてから聞く限り、彼女に恋をする男も多くいたそうだが悉くフラれたとかいう噂も聞く。

まあ何はともあれ、俺は先輩のことが大好きだ。

「先輩、プレゼン資料のグラフ入力できました」

「ほう、見せてみなさい」

先輩はいたずらっぽいところがあるが、やはりそこも可愛らしいのだ。

「よしよし、今度の飲み会で唐揚げを一皿奢ってあげよう」

「この前もそんなこと言って、結局全部食べちゃったじゃないですか」

黄色い目を細めて笑う。
口元には細い舌。
するとイスの上で伸びをして、ピンと伸びた尻尾でカバンを取る。

「一区切りついたし、お昼休みといきますかね」

にこにこ笑ってかなりのサイズのお弁当を広げる先輩。
と、じっとそれを見ていたら、先輩がこちらを睨んできた。

「あげないよっ」

「いりません」

外の空気を吸いたかったが、ひとまず喫煙室にタバコを吸いに行く。
途中、社内環境向上を訴える張り紙を見てうんざりした。

「分煙も鬱陶しいのに、禁煙なんか…」

ぼーっと喫煙室の壁を見ながらタバコを吸う。
最近吸うペースが上がってきている。自粛するべきだとは思うが、やはりタバコというのは中々抜けない。

「すぅーっ……はぁぁ〜」

寝不足が祟ったか、二本吸ったらクラクラしてきた。まだ若いし、タバコはもう少し吸っていても大丈夫だと思う。
てなことを一度先輩に言ったところ「若いからこそ止め時でしょ?」と言って、今も俺になんとかタバコをやめさせようとしてくれている。
ライターを隠すのはイライラの元だからやめてほしいけど…。

喫煙室から出てトイレでうがいして、オフィスへ向かう。

「いただきます」

デスクに戻ってコンビニ弁当を開く。

「…ねぇ、またコンビニ弁当?」

先輩がもぐもぐ口を動かしたまま話しかけてきた。
先輩はよく弁当を作れ作れと言ってきた。が、面倒くささが勝って、やはり俺の昼食はほぼ全てコンビニ弁当だった。

「やっぱり自分で作ろうとしても冷凍食品ばっかりになるだけですし、そんなことなら手軽なこっちの方がいいです」

「そんなんじゃ早死にするぞう、カノジョが悲しんじゃうよ?」

「あいにくと彼女はいませんし、彼女がいないなら、むしろ長生きしてもつまらないじゃないですか?」

「早くいい人見つけなさい、なんなら私でもいいよ?ほれほれ、触ってみそ?」

ぴったりくっついてくる。
本気で好きなこちらとしては、そういうからかいはかなり扱いに困る。

「はいはい、良い子良い子」

どうしていいか分からないので、とりあえず緊張して震える手で頭を撫でる。
黒いさらさらの髪が揺れた。

「あっ!セクハラだ!頭撫でるとかこのご時世訴えたらセクハラになるよ!勝訴!」

キラキラした目で俺をからかう先輩。
やりにくいけれど、それでもこのやり取りが嫌いになれないのは毎度のことだ。



「よっし、そろそろ帰るかな〜♪」

午後6時、日が暮れはじめて夕日が街を紅く染める頃に先輩が立ち上がった。

「お疲れ様です」

「おつかれー…って、何やってんの?もう今日のノルマは4時くらいには終わってたじゃん」

肩越しにPCを覗き込む先輩。
ふわっといい香りがして、ついドギマギしてしまう。

「あ、明日のファイルをまとめておきました」

「ふーん…仕事熱心なのはいいけど、きちんと休むときは休みなよ?健康診断とかも割と近いことだし」

「ああ…面倒ですね…」

社内の健康診断が一ヶ月ほど後にある。
俺の体が健康なはずはないので、医者に色々と言われることが億劫だ。

「ま、いいや、明日のプレゼンで活躍したら飲み行こうね〜」

「はい、頑張ります…」

自慢ではないがプレゼンは苦手だ。

リハーサルも何も必要ないような、社内の小さなプレゼンが明日にある。
しかし、喋りが下手な俺はいつも先輩に助けを求めて、それを見た先輩は困ったような笑顔でバトンタッチしてくれる。
それがうちの課の定番の展開となりつつある。
情けないが、先輩のそんな顔を見るのも好きなのであまり反省はしていない。

「はぁ…俺も帰るか…」

明日のファイル整理など、先輩が帰るまで一緒にいたかったために利用した口実に過ぎない。
先輩は俺とは別方向の電車だ。
駅まで歩く先輩をやや後ろから眺めるのが楽しみでもある。




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