彼と私は幼馴染。
出会ったのはもう10年以上前の話。
その時はちょうど小学校の入学一年前の話だったと思う。
隣に越して来た君は、田舎町の穏やかな海で一人泳ぐ私を引っ張ってはあちこちに連れて行った。
私にとっては5年も住んで、すっかり見慣れた景色だったけれど。
君が楽しむ姿を見るだけで、なんだかお腹が膨れるような、そんな妙な感覚を覚えていた。
小学校は一つの学年に20人程度。
人も少ないからみんな自然と友達になる。
君はすぐに周りと打ち解けて、朝から晩まで友達と一緒に村の中を走り回っていた。
私は魔物娘。
君とはそこで疎遠になるのが普通なのだろうけれど。
優しい君は「人魚夫婦」とからかわれても、私にずっと話しかけてきてくれていた。
夏は一緒に夜まで海で泳いで怒られた。
冬は一緒に初詣に行った。
学年が上がっても、君はいつも私と遊んでくれた。
中学もほぼみんな同じだというのに、卒業式で泣きじゃくる君を今でもしっかり覚えている。
中学は少し人が増えた。
小学校で仲良しだった人と自然とグループになって各々固まっていた。
私には親しい友人なんて、君くらいしかいなかった。
君は友達からのお誘いを断ってまで、部活のない貴重な木曜日にたまに一緒に帰ってくれた。
私の中に芽吹く気持ちが好意だと、そう気づいたのもその頃。
お父さんと喧嘩して飛び出してきたという君を家に迎え入れた時、心臓が飛び出すかと思った。
高校は野球の強い場所、街の方に行きたい、そう言って私も同じところを誘ってくれた時、嬉しいのになんだか少しだけ胸が痛かった。
テストで赤点を取った君に泣きつかれて、朝から晩まで私の家で勉強した時は初めて勉強が楽しいものだと思えた。
結局君に引っ張られるように同じ高校を受けた時、受験の会場で君と席が隣でとても嬉しかった。
二人ともが合格したのを見た時、二人して飛び跳ねて喜んだのが冷静になってから少し恥ずかしかった。
そして、高校。
君とはますます一緒にいる時間が短くなった。
私はもっともっと一緒にいたかった。
部活に補習、友達付き合いに明け暮れる君を見ていると、なんだか自分がちっぽけに思えてきた。
それでも君は前よりも私に優しくなって、私よりも愛嬌のある女の子の告白を断って一緒に帰ってくれた。
私がお母さんとケンカした時にも、電話でずっと話してくれた。
君を追いかけて入った委員会、本当は活動や内申点のためじゃないのに、君は私をとても讃えてくれた。
全部君のせいだ。
君が優しかったから、こんなことになった。
なぜ見ず知らずの女の子の命を助けるためだけに、君が睡り続けることになるのか。
あのスピードのトラックに跳ねられて命があるだけでも奇跡、そうお医者様は言っていたけれど。
私は君が憎い。
君を憎むなんて初めてかもしれない。
君のご両親が今でもたまに暗い顔をして涙を流しているのを、君は知らないだろう。
君が学校からいなくなって3ヶ月。
特に親しかった数人の友達以外、君のことはもう話題に上がらなくなった。
薄情な連中、私がそう言ったら笑い出しそうな、そんな暖かな肌と穏やかな寝顔。
君の顔を毎日見ているけれど、そろそろ目は覚めないのかな。
寝坊癖も大概にしないと、また怒られて家出することになるよ。
だから私は、君の睡りを無理やり覚ますことにした。
もちろん今決めたわけじゃない。
一ヶ月前、君が睡りだして二ヶ月後。
あと一ヶ月経っても目が覚めないなら、どんな手を使ってでも君を起こす。
君の耳元で、きちんと私はそう告げた。
答えてくれないなら、笑ってくれないなら、嘘だと言ってくれないなら。
私は私の好きにさせてもらう。
小ぶりな果物ナイフ、これを持ってきたのは果物を剥くためじゃない。
人魚の血を一度飲めば、寿命は数倍に伸びて病や怪我の心配もなくなる。
人魚の虜になるというデメリットさえ無ければ、どんな薬にも勝る特効薬。
人魚の血を一度飲めば、身体は急激にインキュバス化してしまう。
君は私の、いわば眷属。
まともな人ではなくなってしまう。
君は私から離れられなくなる。
手が熱い。
切り口から薬が溢れる。
私は君に恨まれていい。
殺されたって構わない。
だから、もう一度だけ。
あと一回だけ、笑顔を見せてほしい。
人魚の血、とっても大事な人魚の血。
とっても大事な、あなたにあげる。
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