俺の名は天堂悠一。
年齢は24、ちなみに彼女なし。
こ、高校の時は一応(数週間だけ)いたからセーフ。
ある会社に雇われたITエンジニア…というよりもネットワーク保護やウイルス対策を主に手がけるPC係のようなものだ。
仕事内容としては…Excelの使い方のわからないオッサンに値の挿入の仕方や線の引き方、保存や出力の仕方を教えたりだとか、社員(全員で約30人程度)の内にいる魔物娘の社員(4人)がエロ画像を見たりしたせいでウイルスに感染した際の対処に当たったり、HDDの中の1000枚を超えるエロ動画やエロ画像の削除なんかをしている。
まあ年収は…悪い方ではないだろう。
おまけにExcelの使い方を教える、なんて誰にでもできる仕事で勤められるのだから、俺は幸せだ。
そんなある日の話だった。
「親父が死んだ?」
掛かってきたのは叔父からの電話であった。
俺に母親はいない。
そして親父はろくでもない人間で、女の尻を追いかけては借金と酒にまみれているような、典型的なダメ人間なのだ。
たまに俺の家にまで金をたかりに来たりするのがうるさくて仕方なかった。
そんな親父が死んだとなると、万々歳と言うより他はない。
「ああ…悠一君……そういうわけで…君が圭一(親父)の遺産相続人となるんだ」
「遺産?借金の間違いじゃないですか?」
すると叔父は「ああ」と短く言って、急ぐように言葉を続けた。
なにか嫌な予感がする。
「………もちろん通常なら借金の相続は放棄も可能だ、だが……圭一は、危ない金融機関から金を融通してもらっていたらしい」
「え?」
「悠一君、君に9400万円の借金が発生したらしいんだ……圭一のせいでこんなことになって………本当にすまない…!」
何を言っているのか分からなかった。
晩年までほとんど絶縁状態だった親父の借金…9000万円弱が俺にのしかかる?
あり得ない。
「あり得ません!そんな横暴……!」
「そう、普通ならあり得ないんだ…でも圭一は普通じゃなかった…!」
「手続きは?まだ完了していないなら…!」
「いいや、金を貸していた機関から通知が来たんだ……相続手続きは完了した、そして故人と相続人のすべての財産を全て差し押さえた、と」
「……あ、あとでかけなおします!」
電話を切る。
廊下からオフィスへ走る。
大きな声でただ事ではなさそうに話していた俺の声は、オフィスにまで届いていたのだろう。
みんなの訝しげな視線を浴びる。
しかし今はそんなことに構っている場合ではない。
急いでカバンに荷物を詰め込んだ。
家に帰らなければ。
「社長…あの、私の父が今日亡くなったそうで……近しい肉親も私しかおらず、今日は早退をいただきたいのですが……」
社長は暗い顔をしていた。
その顔はあまりに暗く、俺が今日早退するという理由に起因するものでないのは明らかだった。
「天堂くん…悪いな、私も、社員も、この会社もまだ終わりたくはないんだ…」
「…え?」
「………餞別だ、何か美味しいものでも食べて元気を出してくれ」
社長は『退職金』と書かれたやや厚みのある封筒を差し出してきた。
「……待ってください、なにか…父の借金のことでこの会社が…?」
「話は終わりだ、気をつけて帰りたまえ」
社長は頭を下げて俺に出ていくように促した。
身体から血の気が引いていくのを感じる。
震える指先を伸ばして、取り落としそうになりながら封筒を受け取った。
今はとにかく家に戻ろう。
家があれば、住所があればまだ大丈夫。
この腕一本で食ってきたのだ。
すぐに仕事も見つかるさ。
そんな希望は、俺の家のある賃貸マンションの下で、俺の家財家具がトラックに次々と積み込まれる様によって打ち砕かれた。
「悠一君…聞こえているかい?」
「……聞いてくれているものとして話すよ、ショックで声も出せないのかもしれないが、ここでへこたれてはダメだ…私も今法的措置を取るために弁護士と掛け合っている」
「いいかい?それまで勝手な行動はしちゃいけない…私の家は東京から遠いし、やって来るのは難しいだろうが……くれぐれも、変なことはしてはいけないよ?送金も望むのなら…ああ、いや、住所が……」
電話を切った。
着信によって振動する携帯の電源を落とし、俺はあてもなく歩き出す。
変なこと…自殺、それしか残されていないような気がした。
ドラマでこんな状況の人を見て、なぜ必死に生きないのか分からなかった。
今ならよくわかる。
それから数日経って、しかし俺はまだ生きていた。
財布にあった2万9000円と、いつ止められるか分からないクレジットカード、そして商品券を金券ショップで換金して手に入れた
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