部屋に戻った時には、もう夕日が傾いていた。
窓からは料理から出るいい香り。
先輩はといえば、なんというかオーラは柔らかくなったような気がするが、むしろ喧嘩する前よりも黄色い目でじーっと凝視してくるようになった。
しかもたまに話しかけてきたと思えば。
「ひ、ひ、日暮くん」
「なっ、ななな、なんでしょう」
「な、なに?そんな喋り方…ま、まだ気にしてるの?」
「せ、先輩が喋らないから」
「わっ、わわ…私のせいだっていうの?」
「うっ…」
これで会話が終わり。
そのあとは気まずいからか先輩も目を合わせず、風が運んできた料理の香りを感じるたびに、力無さげに垂れた尻尾を振っている。
「あのっ、ご飯ヤマメらしいですよ」
「ふ、ふーん…」
喋りかけては黙り、喋りかけては黙り。
そんなことを繰り返している内に足音が聞こえてきた。
すっ、と襖が開いて、争いのタネともなった(なお完全にとばっちり)鬼の女性が着物姿で現れた。
「失礼します…あの、お風呂は6時から利用可能なのでお入りになる時にお電話いただけたら、その間にお食事をご用意しますので…」
「は、ハイ…ありがとうございます」
咄嗟に対応したところで気がついた。
先輩はじーっとこちらを見据えている。
しかしそれは怒りの感情を含んだ目ではなかった。
「失礼します…」
とん、と襖が閉じる。
閉じてしばらく後に、先輩がある提案をした。
「お風呂…一緒にどうかな」
「え……よ、喜んで」
浴衣を持って二人で露天風呂に向かう。
その手はしっかりと繋がれていた。
「ふぅ〜極楽極楽…」
先輩はどういうわけか俺にぴったりくっついてお風呂に入ってきた。
俺の体にもたれかかっている状態は非常にまずい。
え?何がまずいって、そりゃ男なら誰しも…ね?
こほん、とにかく先輩は俺の足の間でくつろいでいるのだ。
「先輩?その、密着しすぎじゃないですか?」
するとぴくりと肩を震わせて、下を向いてしまった。
まずい。また何か怒らせてしまっただろうか。
「あの、さ」
「はい、何ですか?」
「わ…私の体は、人外で…しかもその…お、男の人のが付いてるわけじゃない」
「…はい」
「そのせい…というか、私のせいで、君と初めてお泊りした時も、私が無理やり犯しちゃったわけだよね」
「無理やりというか…まあ、たしかに…」
先輩は途端に体をこちらに向け、尻尾で俺の体をがっちりと巻いて抱きついてきた。
「お願い、私を捨てないで!君のことが大好きなのに…君がまともな女の子とか、人外の女の子と仲良くしてると…なんか…捨てられ…ちゃうんじゃないのかって…」
先輩は俺に顔を見せまいと強く抱きついたままの体勢だったが、声と調子ですぐに分かった。
先輩は泣いている。
いや、俺が泣かせてしまったんだ。
「重いかな…でも、それでも私は…んッ!?」
先輩の顔を引き離し、キスする。
「んっ…ん…!ちゅっ…」
先輩は戸惑ったまま、それでも唇をされるがままにしていた。
「っは…先輩、大丈夫ですから」
「え…?」
「俺には先輩しかいません、先輩以外の女の人がいいと思ったこともないですし、そういう関係になりたいとも思ってません」
「それ…ほんと?」
「先輩がここまで追い詰められたのも俺のせいです…償わせてください」
「償うって…べ、別にあれは私が勝手にやきもち焼いただけで」
「先輩になにもかも委ねても俺は構いません、先輩が俺を見てくれてるなら、先輩に何をされても嫌じゃありません!」
思いを告白し、まっすぐ瞳を見つめる。
すると先輩はのぼせて赤かった顔をさらに赤くして、照れつつ言った。
「…じゃあ、例えば私が束縛しても、いいの…?」
「…はい」
「っ〜!」
言ったとたんに先輩は脱兎のごとく湯船から出て行ってしまった。
やっぱり今のセリフは重すぎたかな?
部屋に戻るとちょうど夜食が並べられていた。
いや、というかその前に。
「このこのぉ〜いい身体しちゃってぇ〜私のつるぺたぬるぬるボディと交換してよぉ」
「やっ、ちょ…ちょっと…そこ触らないで…んっ…」
俺の彼女が蛙人に(レズ)セクハラされています。
「こほんっ!」
「うげっ…!旦那様、お帰りなさ〜い」
白々しく笑いかける蛙人。
その後ろではぁはぁ荒い息を吐く先輩。
蛙に蛇が弄ばれてたらダメだろうに…。
「はい、これ旦那のやつね」
先輩の皿には焼きヤマメの皿の端に塩が盛ってある。
老人の言っていた通りの配膳だ。
「そいじゃごゆっくり…あ、片付けは廊下に出しておけば回収しますのでね、よろしくおねがいしますよ」
先輩と二人。
向かい合って座ったままも気まずいので、ヤマメに手を伸ばすと。
「あ、あ〜ん」
先輩が
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