巷では近頃、『魔物カフェ』という物が流行を博している。
いわゆる色物喫茶に該当するそれは、魔物娘の個性的な容姿や雰囲気を活用するものであり、そこでは文字通り、多種多様な魔物娘たちが己の個性を生かして働いている。
店のメインターゲットはもちろん若い男性客ではあるが、凛々しい外見を持つ魔物娘たちは意外にも多くの女性客の心も掴んでおり、今では常連を持っている店員も少なくない。
この岬町の一角に居を構える『喫茶・万里庵』も、そんな魔物カフェの一つであった。
「――ようこそいらっしゃいました。お嬢様がた」
入口から新たに訪れた二人組の女性客を、瀟洒なスーツに身を包んだマッドハッターが出迎えた。麗しい見た目と女性のツボを抑えたソツのない雰囲気は、何人ものリピーターを獲得しているベテラン店員の証だ。
そんな彼女に一瞬どきりとしたのだろう。しばらく客人たちはその姿を見つめながらテーブルに案内されたが、やがておずおずと本来の目的を切り出した。
「えっと、ケイさんをお願いします」
彼女たちが口にした名前は、万里庵の中でもナンバーワンの常連数を誇る魔物娘のものだった。
ケイは美しい外見とは裏腹に親しみやすいのがウリのオウルメイジで、特に女性客から圧倒的な支持を受けている。彼女たちもそんな評判を誰かから聞きつけ、ものの試しにとやって来たのだろう。
自分が客の心を掴めなかったことに一瞬だけ残念そうな顔を浮かべた彼女だったが、すぐに接客用の笑みに変えると、明るい口調で告げた。
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
◇
「いらっしゃいませ。私はオウルメイジのケイ。よろしく」
しばらくしてやって来たのは、噂通りの人物だった。
ハーピーの一種であるオウルメイジは、体中にたっぷり羽毛を蓄えている関係で、本来の体格に関係なく丸く膨れたシルエットになるのが普通だ。だが彼女はどういう手法か、腕以外の羽根を雅なスーツの下に収納し、ほっそりとした本来のボディラインを見せつけている
人間に近い作りの顔も羽を畳んだ事でシャープになり、一見してオウルメイジだと言われても気が付く者は少ないだろう。
一般的のオウルメイジのイメージが“愛くるしい”だとするならば、今の彼女は“凛々しい”という表現がぴたりと当てはまる。
噂に違わぬ彼女の容姿に圧倒されたのか、女性客たちは息の呑んでばかりで声も出ない。
そんな彼女たちを宥めるようにケイは優しく二人の手に己の羽根を当てると、僅かに魔力のこもった瞳を向けた。
「そんなに緊張しないで。今日は一緒に、幸せな時間を過ごしましょうね」
甘く囁くような魔物娘の声音に、女性たちはただただ熱っぽい顔で頷くばかりだった。
◇
一方その頃、混雑時を迎えた裏の厨房では、さながら戦場のような忙しさを迎えていた。
もともと街角の小さな喫茶店に過ぎなかった万里庵の厨房は、店の人気に対してそれほど広くなく、一度に作れるメニューの数もたかが知れている。にもかかわらず魔物喫茶として大成功してしまったせいで、注文されるドリンクやフードの提供がまるで追いつかないのだ。
「はぁ……なんでこんな事になっちまうのかねえ……」
厨房の装置でいくつもの豆を同時に挽き、せっせと注文のコーヒーを淹れていた須藤雅樹がいつもの愚痴を漏らした。最早それが彼の口癖になっていた。
この店一番のキャストであるケイこと早見慧は彼の恋人だ。それは彼女がこの店に入るよりも前からの付き合いで、もう二年になる。
売り上げも人気もパっとしなかった万里庵が、魔物カフェに鞍替えしたのは実に半年前。その際、店員の雅樹を迎えに来た彼女をここの店長がスカウトしたのが全ての始まりだった。
最初は簡単な衣装を着て接客してもらうだけの簡単なサービスだったのだが、魔物娘を接客に使う物珍しさと、看板娘とも言える彼女の人当たりの良さによって店は一気に繁盛していき、今では万里庵の売り上げはかつての数倍以上にアップしていた。
「いやー。マサちゃんにはいつも悪いと思ってるよ。でもあの子の才能を見抜いた俺の目は間違ってなかったわけだな」
と、隣で注文された食事を作っていた店主が言った。口調の軽さからして、これも何度と無く繰り返されたやりとりなのだろう。
「人の彼女をなんだと思ってるんですか。……まあ、確かにすごい適役だとは思いますけど」
メイクを施し、スーツを身に纏った慧はまさに男装の麗人と言う言葉がぴったりと当てはまるし、気配り上手な性格も接客業には向いている。同姓のリピーターがかなり多いのも、彼女のそういう面が一役買っているからだろう。
しかし彼氏という立場からして見れば、面白い訳がない。
「まあまあ。今度一緒の休み取らせてあげるか
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