礼拝堂の十字架の下、姉さん――サーシャが目を閉じ、小さく唇を突き出す。
その行為の意味は、“誓い”。
これからは、本当の家族として生きる。
俺を必要としてくれる、求めてくれる彼女に全てを捧げる。
教団でも、主神でも、魔王でも、堕落した神とやらにでもなく
…遂に想いの届かなかった大好きな女の子にでも、なく
俺を欲しいと言ってくれた、愛するサーシャに俺を捧げる。
これから死ぬまでずっと続く、その一番初めの、最初のキス。
―最初のキスくらい、俺からしないと恰好悪いよな。
サーシャの肩をそっと抱き寄せて、恐る恐るではあるが、自分から唇を重ねた。
「…………っ」
「んっ……
#9829;」
熱を帯びた、ホイップみたいにふにゃりとした柔らかな感触に唇を押し付ける。
すごい……やわらかい……。
女の子の唇は、サーシャの唇は、こんなにも柔らかかったんだ……。
唇の表面は乾いているのに、まるで果実のように瑞々しい感触。
快楽、とまでは言わないが、ずっとこうしていたいと思うほどに只管心地良い感覚。
心地良いのは唇の感触だけではない。
サーシャの身体から立ち昇る香り、体香。
よく城で嗅ぐ、城勤めの女性たちが付けている香水のように主張の激しい香りではなく、包み込まれるような淡くて甘い香り。
何の香りかは……上手く説明できない。
この香りに似ている匂いを俺は知らないからだ。
花や薬草のような香りとは違う、それらから抽出・蒸留した香水や石鹸とも違う。
吸い込むと鼻から頭に抜けて、脳が甘く痺れる感覚。
まるでサーシャの人柄を表すかのように、優しく包み込んで、温めて、癒す。
そんな、『サーシャの香り』。
俺の顔にかかるサラサラした髪の感触もまた、心地が良い。
頭皮を保護する、というよりも触れる者に快感を与えるためにあるのではないのか……。
そんな馬鹿げたことを思うほどに、ほんの少し顔に触れるのもいちいち心地良い感触。
まるで存在の全て、その機能の全てが愛し、愛されるために在るかのような……。
これが、『魔物』というものなのか。
いや、違うな。
これはきっと……。
「ん………ふふふっ……」
彼女の存在そのものに陶然として、意識がぼやけ始めた頃、サーシャが唇を離す。
離れてしまった彼女の唇が、とても名残惜しく見えた…。
「今度は、私からですね…。
お口を開けて、じっとしていて、ね?」
サーシャの言葉に、俺は異論も挟まずに従う。
彼女の言うとおりに口を開けて、彼女の行動を待つ。
「あなたのお口の中も、私が頂きますね……
#9829;」
サーシャは俺の頬を両手でやんわりと包んで頭を固定する。
そして自らも口を大きく開けて、俺の開いた口に被せるように口付けた。
「あぁ…んむ……ぅ」
人工呼吸のように口に口が覆いかぶさり、そして
口の中に熱くぬめる舌が浸入してきた。
にちゃ……ちゅるっ………
熱い異物感に一瞬身震いするが、ゼロ距離で交わる彼女の視線が、言葉も無しに俺を落ち着かせる。
―怖がらないで。
身体の力を、抜く。
彼女の行為に身を委ねる。
口付けながらやんわりと押し倒されて、座り込んでいた体勢から彼女を上に乗せて寝転ぶ。
サーシャの舌は、唇以上の熱量を持っていた。
滴る唾液は、これがまた熱く、サラサラした感触と不思議な甘味を感じる。
上質な砂糖を湯に溶かして作ったシロップのよう。
ただしその甘さには重みもクセもなく、水が染み込むように舌に染み渡る。
いくらでも求めてしまうような、果糖に似た優しい甘味。
サーシャは俺の口の中を、唾液を塗しながら征服する。
まずは尖った舌先が、俺の上顎を舐める。
熱く柔らかい感触と、甘い唾液に擦られて、むず痒いような、くすぐったい感じ。
舌が上顎を舐める度に、サーシャの唾液が滴って俺の舌の上に落ちる。
滴る唾液は俺の舌を浸し、痺れるような甘さを齎した。
ぷちゅ……ちゅ……
上顎の次は、俺の舌。
滴って溜まったサーシャの甘い唾液に浸された俺の舌を、彼女の舌が包むようにして捕まえる。
口の中、彼女と俺の唾液で出来たプールで、二人の舌が絡まる。
ぬちゃ……ぴちゃ……
甘い、甘い、甘い……
引っ切り無しに襲ってくる甘味に、頭が茹ってくる……。
キスをしながら、サーシャは俺を見つめる。
濡れた深紅の瞳に見据えられると、意識がぼやけてしまう。
感覚が、思考が、彼女に支配されていくかのようだ。
あぁ……それが、とても、心地良い……。
こびりつく程度に残っていた後悔が、良心が、彼女の舌が踊り、見つめられることで崩れていく。
堕落する、というのはこういう事か……。
先刻まで感じていた、今までの人生を裏切る罪悪感が、ボロボロと崩れて只管に気持ちが良い…
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