俺は、とある高位の司祭様のお屋敷で働く使用人夫妻の息子だった。
将来は、自分も両親と同じく使用人として働くことになるのだろうと思っていた。
尊敬する両親と同じように、仕えるべき主の為に生きるのだと。
両親は、使用人にとっての最高の幸運は心から仕えたいと思うお方と巡り合うことだと言った。
その意味で言うのなら……
ガキの時分で既に、自分の全てを賭けて仕えるべき大好きな主を見つけていた俺は幸運だった。
何でもしてあげたいと思えるような、大好きな女の子を主として、彼女の為に生きるのだと……
疑わずにそう思っていた。願っていた。
……その幸運は、俺が両親のような一人前の使用人になるまでは続かなかった。
未来の主との別れは、ある日突然やって来た。
ずっと旦那様に仕えていた両親に突きつけられた、解雇通告。
原因は、俺だった。
秀でた才も、政治的な価値も何も無かった俺は、彼女に仕えるのに相応しくない。
俺は、彼女にとって何の価値も無く、不要で、無駄で、むしろ足枷にしかならないのだと。
俺が『役立たず』だったことで、両親はそれまで積み重ねてきた使用人としての信頼を失った。
大好きな女の子とは引き離されて、彼女に仕える夢は潰れて消えた。
俺達はお屋敷を追い出されて、そして、ほとんど間を置かずに事故に遭い両親が死んで……
俺は一人になった。
両親を失って、ただ野垂れ死ぬのを待つだけだった俺が少しも不幸にならずに済んだのは
俺を拾ってくれた、血の繋がらないもう一人の母が、そして彼女の娘が俺を家族として温かく
迎え入れてくれたからだ。
義姉は、俺にとっては血の繋がりを超えた、大切な家族だ。
義母さんが死んでからは、俺達二人が弟妹達の親代わりとして、孤児院を切り盛りしてきた。
俺が兵士の道を選んだのは、叶わなかった初恋の残滓に縋り付く意味もあったが、俺を救ってく
れた義姉の力になりたかったからでもあった。
兵士になったことで、『勇者』でもある義姉には遠く及ばないが、俺も(若造の割には、だが)
お金を稼げるようになり孤児院の経営を助けられるようになっていった。
これで少しは彼女の負担を減らせるだろう……そう考えていた。
彼女の様子がおかしいと本格的に感じたのは、ここ最近のことだ。
もともと、義姉は何でも自分一人で背負い込んでしまう人だった。
孤児院の運営に、弟妹達の世話、勇者としての任務、重責。
どれ一つとっても、決して軽くは無い。
それでも義姉は気丈に、そして優しく振舞って自分の責任を果たしてきた。
最初の内は、気疲れで疲労が溜まっているのだろうと思っていた。
少し前に騎士団の魔物の討伐任務に同行して、帰還してから目に見えて様子がおかしくなった。
まず、主神に祈りを捧げる時間が増えた。
それも毎朝のお祈りの時間だけでなく、ちょっとした暇を見つけては頻繁に祈るようになった。
まるで主神に、何かの答えを問いかけているかのように。
時を同じくして、騎士団の魔物討伐任務の失敗率が急激に増えた。
それも、魔物に返り討ちにされた…とかではなく、討伐に赴いた魔物の集落が、騎士団が到着し
た時にはもぬけの殻になっていたり、捕らえた魔物が処刑の当日になって忽然と姿を消したりと
不可解な出来事が増え始めた。
皆が寝静まった真夜中に、郊外の森に足を運ぶことが増えた。
理由を聞いても、心配いらないと返されるだけだったが……長い付き合いだ。
何かを隠していることはすぐに分かった。
いずれ助けを必要としたときには俺を頼ってくれるだろうと信じて、願って、その時は引き下が
って、それ以降は彼女が打ち明けてくれる時まで、待つことにした。
義姉が何をしているかは知らない。
彼女の性格を考えればその行動を推測することは出来たが、問い詰めることはしなかった。
義姉は今、悩み、苦しんでいる。
彼女の行いが何であれ、彼女が悩み考えた末に出した答えなら俺はそれを肯定しようと思った。
なにがあっても俺だけは彼女の味方でいるつもりだった。
でも……結局
今日に至るまで彼女は俺に悩みを打ち明けてはくれなかった。
姉さん………。
俺は―――そんなに頼り無いかい?
サーシャ姉さん………。
「はぁっ…!はぁっ…!はぁっ……!」
―――くそッ……!!
姉さん、みんな……無事でいてくれ!!
妖しく光る紅い月の下、俺は自分の家でもある孤児院に向かって全力で走っていた。
その日、サーシャ姉さんが倒れたと聞いた俺は教官に頼み込んで数日間の臨時休暇を取り、
日課だった自主的な夜間訓練も早めに切り上げて、孤児院への帰途へとついていた。
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