宗茂「脱皮の時期が来る?もうすぐ?」
咲「うん」
朝食を食べながらの会話中に僕の妻、立花 咲は表情を変えることも無くそう切り出した。
キャンサーは下半身、つまりカニの部分の成長を促すため脱皮を行うことが知られているのだが。
宗茂「…でも君、もう成体だろ?」
当然の疑問をぶつけると、彼女は首を横に振った。
咲「私の一族は…つがいになった後、もう一回脱皮するの」
へえ、と言われるがままに納得する。
キャンサー、と一口に言ってもその派生種族は多岐にわたって存在し、生態や気性にもそれぞれ差がある。
咲はごく最近発見された北方に生息するハナサキガニ族の出身で、口数の少ない物静かな性格だ。
現代社会に馴染み、人間と所帯すら持つようになったとはいえ、ただでさえ未だに謎の多い魔物娘である。
人間の知識に当てはまらなくとも、本人が言うならば事実なのだ。
宗茂「そうなのか…あ、脱皮直後は甲殻が柔らかくなるんだっけ?暫く安静にしないとね」
咲「うん。…ねぇ、宗茂」
宗茂「?」
咲「成体は脱皮も大がかりで大変だから…手伝ってくれる?」
宗茂「ああ、いいよ!」
咲「…
#9829;」
宗茂「あっ、でもそれなら有給取らなきゃな…いつ頃始まりそう?」
………………
…………
……
部長「有給の申請?何かあったんか?」
僕の務めている水産加工会社のオフィス。
2週間後に2日間の有給を申し出た僕に世話焼きの部長が心配そうに尋ねてきた。
そういえば部長の奥さんはワタリガニ族のキャンサーだったということを思い出し、咲の脱皮について話してみると以外にもこうしてやると良い、これを用意しておくと良いなどの詳しいアドバイスをくれた。
部長「しかし立花君がねぇ…そうかそうか」
部長「同じキャンサーの夫として応援するぞ。しっかり嫁さんを笑わせてあげなさい、ガハハ」
宗茂「??…はい」
笑いながら僕の方をポン、と叩く部長。
何か引っかかる言い方だなとは思ったけれどとにかく有給は問題なく貰えたので安心だ。
忙しい時期なので、咲が早めに言ってくれて助かった。
今日も早く仕事を済ませて直帰しよう。
………………
…………
……
〜2週間後〜
ペリペリ、パキパキと乾いた音を立てて甲羅が剥がれていく。
朝方念入りに掃除しておいた自宅の風呂場で、僕はパンツ一丁で咲の脱皮を手伝っていた。
昼から始めた作業だが、外を見ると既に夕日が沈もうとしていた。
宗茂「咲、痛くない?」
咲「うん、…大丈夫」
脚の甲殻を一本一本、地道に丁寧に、体を傷つけない様取り除いていく。
脚を上げっぱなしで神経質な作業をしているというのに、咲の顔には少しの疲労感も見られない。
潤滑剤として購入した鰻女郎の「ぬた」。
肌の保護を助ける強い滑りに加えて体力回復の効能があるという説明書きは本当だったらしい。
その効果は僕にも現れているのか、休憩せずとも黙々と続けることができる。
部長に言われたとおり、薬局で注文してまで業務用の品を手に入れた甲斐があった。
有給明けにはお礼を言わなければ。
咲「…宗茂」
不意に咲が僕の名前を呼んだ。
宗茂「どうした?もしかして痛かった?」
咲「ううん。…あの、ね」
宗茂「?」
咲「私…宗茂とつがいになれて、…本当に良かった
#9829;」
ぽつりと呟かれた彼女の言葉に顔を上げると、表情は変わらないもののほんのりと頬を紅潮させていた。
既に甲殻を外し終わったハサミが、所在なくゆらゆらと寄れている。
宗茂「僕もだよ」
僕も呟く様に彼女に返す。
咲「…私は海の、それも深海の出身だから陸に上がるのが本当は怖くて」
咲「でも宗茂は私の手を握って、私に新しい世界を見せてくれた」
宗茂「仕事で海底の街に引っ越せなかった分、…君を幸せにしてあげたかったんだ」
咲「それに私の事を気遣って、このぬるぬるも用意してくれた…」
部長本当にありがとうございます
今度菓子折りか何か持っていこう
咲「今とっても幸せ…あっ」
宗茂「僕もだよ…っと」
宗茂・咲「「これで全部」」
偶然か、お互いの声が重なった。
宗茂「はぁ〜、終わったぁ」
神経を削る作業からの解放感で、風呂場の床に仰向けに倒れ込む。
咲の柔らかい体を保護するために敷いていた専用マットレスが衝撃を吸収し、僕の体を優しく受け止めた。
咲「…ねぇ」
宗茂「うん?」
僕が返事をする頃には、咲は既に僕の腰に跨っていた。
咲「ごめん、その…私…
#9829;」
宗茂「…身体は大丈夫なの?」
咲「うん…だから…」
そういえば鰻女郎のぬたには精力増強効果もある
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