3 取引

東の空が明るくなり始めたころになんとか徹夜での作業も終わった、本や資料を読みふけって徹夜することなぞ珍しくもないので慣れてはいるが多少は眠い。
今から寝たのでは昼ごろまで寝てしまいそうだが、朝ご飯にはまだ時間がある。
ローキのことを思い出したので『大陸史概論』に付箋を貼る作業をした。
時間になったので、寮の食堂でいつものように朝ご飯を食べながらローキはいないかと見回したがいないようだ。
あの呪いがまだ続いているか確認したかったのだが、まわりには声をかけられるほど親しい仲の学生はいなかった。
実習が始まっているのならローキは夜寝るときにしか寮に戻ってこない、だとすると気付くのには時間がかかりそうだ。

朝ご飯が終わった後はいつものように昼ご飯用のパンを買って図書館へ向かったが、何があるか分からないのでパンは多めに買っておいた。
ひょっとしてと思い、遠回りして『てっぱん亭』の前を通ってみたがあの二人はいなかった。
朝ご飯をここで取る人もいるのですでに店はあいていて、店の中からはお好み焼きや大判焼きのいいにおいがする。
僕は既に朝ご飯を食べていたので耐えられたが、すきっ腹だったらとてもこの店の前を素通りはできない。
『てっぱん亭の誘惑はサキュバスの魅了よりも強い』という冗談が学生の間ではささやかれているが、サキュバスどころかリリムとバフォメットがこの店の誘惑に負けていたし、僕はこの店のおかげでリリムの魅了に耐えられたのだから、
誘惑の強さ    てっぱん亭>>>>>リリム、バフォメット
ということになる。
このことを「てっぱん亭の法則」と名付けて発表しようか、などとどうでもいいことを考えながら図書館へ向かった。
別館への入り口でいつものように司書の説明を受けたが、昨日言った修理はかなり先のことになりそうだとのことだった。
もともと人があまり来ないところだから後回しになるのは仕方がないとはいえ、別館に出入りする『人間』は当分僕一人ということになる。
念のためリリムとバフォメットのことを口にしようとしたが、やはりあたりさわりのないことしか言えなかった。
休憩室にはまだ誰もいなかった。
あの二人が来るまでどうしようかと思ったが、よく考えると僕にはあの二人が来るのをわざわざ待つ義務はないので、昨日と同じく自分の研究のために資料を読み始めた。
別館では休憩室以外の場所での飲食は禁じられていて、休憩室では飲食しながら資料を読むのは禁止されているが、飲食と同時でなければ資料を読んでよいことになっている。
昨日までは資料室にある専用の机を使っていたが、今日はあの二人と何らかのやり取りをすることになるので休憩室で資料を読むことにした。

「おはようスクル、今朝の気分はどうじゃ?」資料を読みふけっていたらいきなり肩をたたかれた。
びっくりして振り返るとフィームズとエルゼルがすぐそばに立っていた。
あれ?一度しか会っていない相手の名前と顔をはっきりと覚えている、僕にとっては奇跡的なことだ、いかに今回のことが一大事ということがよくわかる話だ。
二人とも昨日と同じように大学の制服を着ていたが、昨日と違い二人ともカバンを持っていた。
「気分がいいわけがないだろ、昨日僕にいったい何をしたんだ」
「大体見当はついておるじゃろ、儂らのことを告げ口できぬようにしてもらったのじゃ」
「『言う』だけでなく『書く』こともできないなんてどうすればできるんだ」
「儂だからできるのじゃ、特定の行為を禁ずる呪いはある程度の魔力があれば難しくはない。じゃが、そのことを他人に気付かれないようにするという高度な呪いは儂じゃなければ出来ぬのう」
「いったいいつ呪いをかけたんだよ」
「『なーかしたーなーかしたー♪』のときじゃ、本来は決まっている呪文を任意の言葉に変換するというのも儂じゃなければできないからのう」
あんときかよ!子供レベルのいやがらせかと思ったが、いじわるばあさんみたいな手の込んだいやがらせだな!
「フィム、ひとをからかうのはあなたの趣味だからいいけど、時間の無駄遣いだから本来の話をさせて」
ここで僕はエルゼルに違和感を覚えた、外見は昨日とは変わらないのだが、まとっている雰囲気が違う。
具体的に言うと昨日は妖艶な笑みを浮かべていたのだが、今日は普通の表情だった。
会ったのが二回目なのに普通も何もないのだが、リリムを形容するときによくいわれる『一目で魅了される絶世の美女』ではなく『そこら辺にいそうな絶世の美女』だった。
・・・・・・・・・???自分でも何を言っているのかわからん。

話が本題に入ったので一つの丸いテーブルを3人が囲む形で座り、エルゼルが僕に対して話しかけた。
「昨日も言ったけど私たちがここに来たのは歴史がらみで調べたいものがあるからなの、歴史学科の学生であるあなた
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