2 呪い

何とか笑いがおさまってきたら、この部屋にはもう一人いたのを思い出したので見回したところ、フィームズは床で笑い転げていた。
人のことを笑うなんてなんてひどい奴だと自分のことを棚に上げてあきれていたら「ひっく、ぐす・・」という声が聞こえてきた。
声のほうに目を向けるとエルゼルが泣いていた。
「ひどい・・・、そこまで笑わなくてもいいじゃない・・・」
完全に涙声だった。
妙に色っぽかった。
びっくりして何とかしなくちゃと思っていたら、いつのまにか立ち上がっていたフィームズがにやにやしながら僕に向けて歌いだした。
「なーかしたーなーかしたー♪わーるいなーわーるいなー♪せーんせーにいってやろー♪」
蹴り殺してやりたい衝動を必死で押さえた。
それでもエルゼルに対してどうしたらいいのか分からずにおろおろしていると、フィームズがエルゼルに近づいた。
「あんまり泣くでないぞエル、今日はもう引き揚げるとしようではないか」
これで少しは落ち着くかなと思ったら、ボスッという鈍い音がして、フィームズは硬直した。
「フィム・・・あんたが店の前で横になって手足をバタバタさせて『買って買って、食べたい食べたい』なんて言うからこんなことになるのよ」
今度は低くドスのきいた声だった。エルゼルはフィームズの腹にパンチを決めていた。
「ぐふっ・・・エル・・・いいパンチじゃ・・・しかしお前はお好み焼きを2枚もお代わりしてたじゃろ」
「フィムは大判焼きをあんこだけじゃなくカスタードクリーム、しろあん、きんとん、ゴマ、あげくにはずんだまで食べてたじゃない!」
どうやら「てっぱん亭」でお好み焼きと大判焼きを食べたという推理は見事的中したようだ、しかし昼ごはんによくそんなに入るなこの二人は。
ふたりのどつき漫才をみていたらフィームズがこっちを向いた。
「さっきも言ったが今日は引き揚げるとしよう、ではスクル、縁があったらまた会おう」
二人の足元に魔法陣ができたと思ったら、次の瞬間二人とも消えていた、部屋には僕一人だけ残った。
ついさっきまでここにリリムとバフォメットがいたという気配は全く残っておらず、なんだか白昼夢を見たような感じだった。

しばらくぼんやりしていたが、今とんでもないことが起きているということに気付いた。
教団の主要施設のど真ん中にリリムとバフォメットが現れたなんてまさに一大事だ。何のために来たのかは不明だが、ここを第二のレスカティエにしようと考えていることもありうる。まずこのことを大学当局に知らせないと!
あわてて別館を飛び出て本館に戻ったところで、いつもの司書に会ったのであわてて告げた。
「休憩室の窓ガラスにひびが入っています。今にもガラスが割れそうです!」
あれ・・・?
いや、たしかに昨日気付いていたので言わなくちゃと思っていたのだが、今言わなくちゃならないのはその事じゃなくて。
「休憩室のテーブルの中に足がガタついているのがありますよ」
いや、確かにこれも気になっていたことだけど・・・。
「わかりました、あとで施設課のほうに伝えておきます」
と司書は答えた。
『別館にリリムとバフォメットが現れました』
どうしてもこのことが言えない!しかも言おうとすると他に言おうとしていたことを言ってしまう。
考えてみるとあの二人は僕に口止めを一切しなかった、強要どころかお願いもしなかった。
別に僕は味方ではないのだからこのことを隠す義理はない。どうやってかけたのかは分からないが、他人には言うことができないように呪いをかけたのだ。
どうしたらいいか分からずにふらふらと歩いていたら、いつの間にか学生寮に戻っていた。入り口でばったりとローキに出会った。
「ようスクル、悪いけど臨時で実習が入ったんで『大陸史概論』を読む時間があるか分からなくなったんだ、できれば行くようにするけどさ」
「付箋ははっておくから時間があったら読んでおいてよ」
このときもローキにリリムとバフォメットのことを言おうとしたのだが、まったく別のことを言ってしまった。

自分の部屋に戻ったので椅子に座っておちついて考えてみる事にした。
あの二人の目的なのだが、調べものがあるというのはたぶん間違いないだろう。
別館でも気付いたが、うちの制服を着ていたというのは目立たずにひそかに侵入する目的があるということだし、僕が歴史学科所属だと知ったら二人は喜んでいた。
調べものがあるとはっきり言ったし、強力な魅了や呪いを使えるのだから、僕にわざわざ嘘をつく必要がない。
だとすれば調べものに協力して、さっさと終わらせて帰ってもらうのが最善か?
いや、調べものが終わったとしてもそれで帰るとは限らない。
もし調べものの内容が、ここナルカーム神聖大学を陥落させるためのものなら、結局は第二のレスカティエということになる。
あるいはこのこ
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